ドラゴンボール 第44話のあらすじ考察「孫悟空対ナム」

ストーリー
引用元 ドラゴンボール 集英社

前話「謎のジャッキー・チュン」でクリリンが敗れ、第21回天下一武道会は準決勝第2試合、本選通算では第6試合へと進みます。武舞台に上がるのは孫悟空と、1回戦でランファンを退けたナム。
この試合の空気を決定づけるのは、アナウンサーが読み上げる「優勝賞金50万ゼニー」という一言です。ナムはその金額に反応し、心のなかで母と弟たち、そして村の人々に誓いを立てます。かならず優勝して、あふれるほどの水を買って帰る、と。

読者はナムの事情をすでに知っています。其之三十八でジャッキー・チュンがナムの気迫に不審を抱き、その心を読み取ったからです。日照りで井戸は枯れ、作物は育たない。雨季まではまだ二ヶ月ある。それまで村は待てない。だからナムは賞金を目当てに上京してきた。

対する悟空側の応援は「優勝したらごちそうしてよね」です。この温度差こそが本話の設計の核心だと思います。同じ武舞台に立ちながら、片方は生活そのものを、片方は昼飯を賭けている。どちらが悪いという話ではなく、天下一武道会という祭りの場に、まったく異質な重さを持ち込んだ男が一人だけ混じっている。その構図が、以降の全ページに緊張感を与えています。

悟空、直前に見た技をその場で再現する

試合開始早々、悟空はいきなり分身のような動きを見せます。ついさっきクリリンがジャッキー・チュンにやられていた技を、真似してみようと思い立ったのです。のちに残像拳と呼ばれることになる技です。

引用元 ドラゴンボール 集英社

ヤムチャは「あんたの技をあっさり真似してみせた」と驚愕し、ジャッキー・チュン本人も唸ります。ここで思い出したいのは、亀仙人が悟空とクリリンに武術の技をほとんど教えていないという作中の事情です。亀仙流の修行は、牛乳配達や畑仕事といった徹底した肉体づくりであって、技の伝授ではありませんでした。

にもかかわらず、この時点で悟空はかめはめ波を使えます。其之十四で亀仙人が一度撃ってみせただけの技を、その場で見よう見まねで再現してしまったからです。そして本話で、悟空は亀仙流のもう一つの代表技まで、やはり一度見ただけで自分のものにしてしまいます。

「教わっていないのに、亀仙流の技を二つとも使える弟子」。悟空という戦士の異常性を、天下一武道会の最中にさらりと描いてしまうこの手つきは見事です。のちに悟空が界王拳を短期間で習得し、瞬間移動をヤードラット星人から学び取っていく流れの原型は、ここにあります。

ナムはなぜ残像を見破れたのか

ところが、その残像拳がナムには通じません。ナムは目を閉じ、背後に回った悟空の気配を感じ取ってジャンプでかわしてしまいます。悟空は「うまくできたと思ったのに」と拍子抜けし、ジャッキー・チュンは技を見切ったナムのほうを評価します。
ここは相性の話として読むと非常にきれいです。残像拳は、視覚を騙す技です。そしてナムは、其之三十八のランファン戦で、色仕掛けに惑わされないために目を閉じ、気配だけで相手を捉えて勝った男です。

つまりナムは一貫して「見ないで戦える」武道家として設計されている。1回戦で女性の色香を封じるために使った手段が、準決勝で最強の視覚トリックを破る手段としてそのまま機能する。ナムの戦法に筋が通っていることが、この一コマで証明されるわけです。ゲスト格の対戦相手にここまでの一貫性を持たせているあたり、天下一武道会編の完成度の高さがうかがえます。

掌底、門飾り、首筋への一撃

そこからは打撃の応酬になります。悟空の強烈な掌底がナムを吹き飛ばしますが、ナムは吹き飛ばされた勢いを殺さず、会場の門飾りを蹴って反撃に転じます。空中から振り下ろされたチョップが悟空の首筋を捉え、悟空はうめき声を上げてその場にうずくまってしまいました。

引用元 ドラゴンボール 集英社

見落とされがちですが、この一撃はきわめて重要です。ナムはこの試合で最初に有効打を当てた際、すでに「空中からの打点」で得点している。
地上戦では悟空と互角、しかし高さを取ったときには明確に上を行く。終盤にナムが下す決断は、思いつきでも一発逆転狙いでもなく、この時点で得られたデータに基づいた合理的な選択なのです。

シッポという第三の腕

「この勝負いただきました」と場外へ落としにかかったナムを止めたのは、悟空のシッポでした。悟空はシッポでナムの足を絡め取り、転ばせてしまいます。
このシッポは、其之四十「悟空のシッポ」で再生したばかりのものです。満月を見れば大猿化してしまい、握られれば力が抜けるという、悟空最大の弱点。それが本話では、まったく無防備な角度から相手を捕らえる第三の腕として機能しています。

弱点が状況次第で最大の武器に反転する。この発想は、決勝戦で悟空がシッポをヘリコプターのように回して場外負けを免れる場面へとつながっていきます。天下一武道会編におけるシッポの扱いは、「大猿の伏線」であると同時に、悟空の身体的アドバンテージを描くための道具でもあったわけです。

コマ回転アタック ── 悟空が自分で考えた、数少ない技

シッポで窮地を脱した悟空は、思いつきの新技を披露します。全身をコマのように高速回転させ、小さな竜巻となってナムに突っ込んでいく技です。

引用元 ドラゴンボール 集英社

これが実によく効きます。回転そのものが相手の攻撃を弾き飛ばすため攻防一体で、隙がない。ナムはじりじりと後退させられ、ついに武舞台の角まで追い詰められ、場外負けを覚悟するところまで行きます。
ところが決着はつきません。悟空自身が目を回して倒れてしまうのです。ナムもつられてずっこけ、あやうく場外に落ちかけますが、どうにか踏みとどまります。

引用元 ドラゴンボール 集英社

この回転技は、悟空が作中で使った数少ない「自分で考案した技」であり、しかも攻撃技として使われたのはこのナム戦だけです。かめはめ波は亀仙人から、残像拳も亀仙人から、界王拳と元気玉は界王様から、瞬間移動はヤードラット星人から。悟空の技のレパートリーは、そのほとんどが他人由来です。
その悟空が唯一自前で用意した技が、性能は高いのに自滅するという結末を迎える。本話は、悟空という戦士が「発明家」ではなく「学習者」であることを、成功例(残像拳の模倣)と失敗例(オリジナル技)の両方でわずか数ページのうちに示してみせた回でもあります。

ナムが空を選んだ理由

倒れた悟空を前に、ナムには二度目のチャンスが巡ってきます。しかしナムは慎重でした。地上で組みつけば、また先ほどのようにシッポで足を絡め取られる危険がある。

引用元 ドラゴンボール 集英社

そこでナムが出した結論が「天から攻める」でした。ここが本話でもっとも好きな部分です。ナムは必殺技を、切り札だから出すのでも、追い詰められて出すのでもありません。相手の武器を分析し、地上戦という選択肢を消去した結果として出しています。

漫画の必殺技は往々にして「気合い」で撃たれるものですが、ナムの場合は理詰めです。相手にシッポがある、ゆえに接近戦は避ける、ゆえに空から一撃で決める。この判断の描き方は、当時の少年漫画のバトルとしてはかなり緻密な部類だと思います。

「天空×字拳」と「南無阿弥陀仏」

ナムは天高く跳び上がります。亀仙人の修行を積んだ悟空でさえ驚くほどの跳躍力です。そして胸元で両腕を交差させ、必殺技の名を宣言します。天空×字拳。読みは「てんくうぺけじけん」。
「×」を「ペケ」と読ませるネーミングセンスは、いかにも鳥山明先生らしいところです。そして技名を叫んだ直後、ナムは「南無阿弥陀仏」と唱えながら急降下していきます。

引用元 ドラゴンボール 集英社

ここで、ナムというキャラクターの造形が一つに結ばれます。インドの苦行僧を思わせる衣装、額の印、仏教徒としての佇まい。そして名前そのものが「南無阿弥陀仏」に由来していること(弟たちの名を合わせて成立することは、後年の資料で知られるところです)。祈りの言葉を唱えながら必殺技を放つという一点で、この男の信仰と武術は完全に地続きだと分かる。技名がギャグ寄りであるにもかかわらず、放つ場面がまったく笑えないのは、そのためでしょう。

この技は、当たれば十日は目を覚まさないとまで語られる代物です。大空から降ってくるクロスチョップが、倒れた悟空を狙う──其之四十四はそこで幕を閉じます。

まとめ

其之四十四は、パンティ作戦のようなギャグが飛び交っていた前話までの空気から一転し、天下一武道会編がもっとも「勝負」に寄った回です。
技を盗む悟空と、技を選ぶナム。祭りとして戦う側と、生活を賭けて戦う側。そして弱点であるはずのシッポが武器になり、自作の必殺技が自滅を招く。短いページ数のなかに、この作品のバトル観の骨格がそのまま入っています。

次回、其之四十五「大空中戦!」。天空×字拳を受けた悟空がどうなるのか、そしてナムが空という選択肢に賭けたことが、なぜ最終的に敗着となるのか。武舞台の外へ決着がもつれ込みます。

コメント