ドラゴンボール 第38話のあらすじ考察「第3試合」

ストーリー
引用元 ドラゴンボール 集英社

前回の其之三十七「第2試合」では、ヤムチャがジャッキー・チュンと激突しました。狼牙風風拳を封じられた末、ヤムチャは片手の風圧一発で武舞台の外へ押し出され、あっけない敗北。「あの老人は何者なのか」という不穏な余韻を残したまま、大会は次の試合へと進みます。

そして迎えるのが、其之三十八「第3試合」。ナム対ランファン。第21回天下一武道会の本戦8名は、この1回戦(=準々決勝)でちょうど半分に絞られます。

ところがこの回、ドラゴンボールという作品にとって、単なる「3試合目」ではありません。作者自身が登場人物の口を借りて、この漫画のジャンルが変わりつつあることを”申告”してしまう回なのです。今回はそこを軸に、じっくり掘り下げていきます。

其之三十八「第3試合」のあらすじ

第3試合、武舞台に上がったのは、インドの修行僧のような衣装にターバンを巻いた長身の青年ナムと、水着めいた衣装の女性ファイター・ランファン。観客の目当ては、当然のようにランファンです。

しかし観客席のジャッキー・チュンだけは、別のものを見ていました。ナムの眼です。天下一武道会など所詮は半分お祭り──そう高をくくっていた彼は、ナムの異様なまでに真剣な眼つきに違和感を覚えます。「ストーリー漫画のようなマジな眼」だ、と。

引用元 ドラゴンボール 集英社

不審に思ったジャッキーは、読心術でナムの心を覗きます。そこに響いてきたのは、幼い弟の「のどがかわいた」という声でした。
ナムの村は日照り続きで、井戸は枯れ、作物も育たない。雨季まではまだ2か月ほどあり、それまで待っていられない。そこでナムは村人たちに送り出され、優勝賞金で水を買って帰ると約束して、この大会にやってきた──。

事情を知ったジャッキー・チュンは、しみじみとつぶやきます。「……ギャグマンガになれんわけじゃのう…」

ブリッ子と、奥の手

試合が始まると、ランファンは正攻法では分が悪いと早々に見切りをつけます。泣き落とし、しなをつくった隙からの不意打ち、急所狙い。純情なナムは、女性というだけで手が出せず、たじたじになるばかり。

引用元 ドラゴンボール 集英社

そこでナムは腹をくくります。「あなたを女とは思わない。男だ、宿敵だと思って全力で戦わせていただく」──ブリッ子はもう通用しない、と宣言するのです。

ならば、とランファンが繰り出した奥の手が、あの伝説の一手でした。服を脱ぎ、下着姿になる(律儀に靴と靴下は履いたまま、というのが妙に生々しいところです)。
「思い込み」で武装したナムの精神防壁も、目の前の現実の前にあっさり崩壊。じりじりと後退させられ、ついに場外際まで追い詰められます。実況アナウンサーも「うらやましい攻撃ですが、純情なナム選手は手が出せません」と、正直すぎる解説で沸き立たせます。

このとき観客席で、ジャッキー・チュンが「ええのー!」「どうせなら全部脱いでみい!」と、老人の皮を突き破って本性丸出しの野次を飛ばしてしまいます。それを聞いたヤムチャの目つきが変わりました。このスケベさ、あの声──もしやジャッキー・チュンの正体は亀仙人ではないのか?

決着

追い詰められたナムが出した答えは、実にシンプルでした。目を閉じる。

見なければいい。見えなければ、あの攻撃は存在しないのと同じ。ナムは瞼を下ろし、気配だけでランファンを捉えます。勝負を決めにきたランファンの動きをすっと跳躍でかわし、落下しながら首筋へ手刀を一閃。ランファンはそのまま昏倒し、10カウント。ナムの勝利です。

引用元 ドラゴンボール 集英社

こうしてナムはベスト4へ。実況は次の試合──悟空の登場を告げ、会場のボルテージが一段上がったところで、この回は幕を閉じます。

「ギャグマンガになれん」は、作品そのものの自己申告

の回の中心は、間違いなくジャッキー・チュンのあの一言です。

当時のドラゴンボールは、『Dr.スランプ』の延長線上にある「冒険+ギャグ」の漫画でした。それを端的に示しているのが、この大会に出ている選手たちの「動機」が、ほとんど描かれていないという事実です。
はっきり語られているのは、せいぜいこのあたりでしょうか。

  • 悟空:もっと強いやつと戦ってみたい(純粋な好奇心)
  • クリリン:亀仙流に入門した時点からの動機がそのまま延長された「強くなってモテたい」
  • 亀仙人(ジャッキー・チュン):弟子たちが優勝して思い上がらないよう、「世の中には上がいる」と身をもって教えるため

バクテリアンやランファンは、なぜ武道会に出ているのか作中では一切説明されない。
ギランにしても同様です。つまり天下一武道会は本来、「なぜ出るのか」を誰も問わないし、問う必要もない──そういうノリの舞台として始まっているわけです。
ヤムチャの出場理由にしても、修行の成果を試す腕試しという色合いが濃く、いまさら悲壮な理由づけがあるわけでもありません。

そこへ、ナムです。「負けたら村人が死ぬ」。一人だけ、背負っているものの単位が違います。命が懸かった動機を持ったキャラクターが武舞台に立った瞬間、この大会は「お祭り」から「物語」へと質を変えてしまう。ジャッキー・チュンの「ギャグマンガになれんわけじゃのう」は、その変質に対する、作者自身の苦笑まじりの自己申告なのだと思うのです。

ギャグとシリアスの境目にいた作品が、どちらへ舵を切るのか。読者はこの1コマで、その答えを先取りして受け取っていたことになります。以降のドラゴンボールが辿った道を知っている今読み返すと、ちょっと鳥肌が立つ台詞ではないでしょうか。

「感覚を絶った者が勝つ」──第1試合との美しい対称

ここで思い出していただきたいのが、其之三十六「第1試合」です。

  • 第1試合:クリリン 対 バクテリアン。強烈な悪臭に翻弄されたクリリンが、「自分には鼻がない」と気づいて勝利。
  • 第3試合:ナム 対 ランファン。色仕掛けに翻弄されたナムが、「目を閉じればいい」と気づいて勝利。

嗅覚を攻める相手/視覚を攻める相手。そして嗅覚を持たない者/視覚を自ら捨てる者が勝つ。1回戦のうち2試合が、まったく同じ構造で組まれているのです。
つまり本戦の序盤で描かれたのは、「パンチが強いほうが勝つ」という単純な話ではありません。相手の攻撃が刺さる”感覚器”を消してしまえば、その攻撃は無効化できるという、きわめてドラゴンボール的な勝ち筋の提示でした。
しかもナムの場合、それは技術ではなく、覚悟の問題として描かれます。目を閉じるという行為は、見たい・見てしまうという人間的な弱さを、自分の意志で殺すということですから。

余談ですが、視覚を捨てて気配だけで戦うという発想は、後年の「気を感じ取る」戦い方の遠い原型のようにも読めます。少なくとも、ドラゴンボールで最初に「目に頼らずに戦って勝った男」がナムであることは、記憶しておいて損はないはずです。

ランファンは本当に「弱い」のか

ランファンは、必殺技らしい必殺技を持ちません。武術は一通り修めているようですが、正面から殴り合えば分が悪い。だからこそ彼女は、相手の精神を攻めるという選択をします。
ここで面白いのは、彼女の戦法が「相手依存」だという点です。ナムのように純情な相手には劇的に効き、逆に悟空のように女性への関心がゼロの相手にはまるで効かない。亀仙人(ジャッキー・チュン)に至っては、効きすぎて逆に喜ばせてしまうだけでしょう。

引用元 ドラゴンボール 集英社

つまりランファンの強さは、相手の”欲”や”羞恥”という弱点が存在して初めて成立する強さなのです。仮にナムを倒していたとしても、その先で勝ち上がる目は限りなく薄い。彼女がベスト8止まりだったのは、単に非力だったからではなく、彼女の武器が「格上には効かない種類の武器」だったから──そう捉えると、この試合の敗北はずいぶんと理屈の通ったものに見えてきます。

ちなみに、この下着姿のシーンはアニメ版でも描かれています(アニメでは下着がピンク色で描かれ、海外版ではカットされた、というのも有名な話です)。
作品全体を通しても、ここまで直球で「色気」を武器にした選手は他にいません。初期ドラゴンボールの、なんでもありの闊達さを象徴する一戦だと言えるでしょう。

たった1話に仕込まれた、2本の伏線

この回がすごいのは、ギャグをやりながら、同時に後の展開の種を2つ同時に蒔いているところです。

伏線その1:
ジャッキーの読心術 ナムの事情を知ったジャッキーは、この後、準決勝で悟空に敗れて肩を落とすナムに空のホイポイカプセルを渡し、「この会場の近くなら水はいくらでもタダで手に入る」と教えます(このとき自らが武天老師であることも明かします)。ナムが村を救えたのは、第38話でジャッキーが彼の心を覗いていたからです。

伏線その2:
ヤムチャの疑惑 ランファンの色仕掛けにジャッキーが下品な野次を飛ばした──これが、ヤムチャの「ジャッキー=亀仙人説」の発端になります。そしてこの疑惑は後に、恩を受けたナムが亀仙人に変装して観客席に現れることで、みごとに逸らされてしまうわけです。

ランファンの色仕掛けというギャグが、亀仙人の正体バレというサスペンスを生み、それをナムへの恩義が解決する。 ギャグとストーリーが噛み合って一つの歯車として回っている。「ギャグマンガになれん」と嘆いた回が、実はギャグ抜きには成立しない構造になっているのは、なんとも痛快です。

悟空が優勝しない大会への布石?

鳥山明先生は後年、天下一武道会は誰が勝つか決めずに描いていたと語っています。当初は第21回大会の優勝者は素直に悟空にするつもりだったものの、読者アンケートで「悟空が優勝する」という予想が1位になったのを見て、天邪鬼な性分から「みんなの思い通りにはしたくない」と考え、悟空を優勝させない方向へ舵を切った──という有名な逸話です。

その視点でこの第38話を読み返すと、なかなか意味深です。優勝しなければならない切実な理由を持つ男をここで登場させたことで、「この大会は、主人公がなんとなく勝って終わる大会ではない」という空気が一気に濃くなります。もちろん、これが逆算された布石だったと断定はできません。ただ結果として、ナムという存在が武道会編全体の重心を下げ、物語としての強度を与えたことは間違いないでしょう。

まとめ

  • 其之三十八は、ナムの「命が懸かった動機」が提示される回
  • ジャッキー・チュンの「ギャグマンガになれん」は、ドラゴンボールのジャンル転換の宣言
  • 第1試合(嗅覚)と第3試合(視覚)は、「感覚を絶った者が勝つ」という対称構造
  • ランファンの色仕掛けは、亀仙人の正体バレという後の大伏線の起点になる
  • ナムの事情を読心したジャッキーが、後に村を救うことになる

笑いながら読める回でありながら、後から振り返ると作品の分水嶺になっている──ドラゴンボールという漫画の恐ろしさが凝縮された一話だと思います。

そして次回、其之三十九「第4試合」。ついに我らが孫悟空が武舞台に上がります。相手は怪獣ギラン。ここから物語は、また一段ギアを上げていきます。

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