ドラゴンボール 第54話のあらすじ考察「再冒険!!」

ストーリー
引用元 ドラゴンボール 集英社

其之五十四のサブタイトルは「再冒険!!」です。この回で、第21回天下一武道会の物語は完全に幕を下ろします。
前話「クライマックス」では、ジャッキー・チュンが「優勝したもんねー」を最後まで言い切って優勝をつかみ、敗れた悟空は、もっと強くなったらまた戦ってほしいと再戦を申し込みました。この回は、その表彰の場面から始まります。

試合はもうありません。描かれるのは、賞金の受け渡し、武天老師の”帰還”、大宴会、そしてそれぞれの旅立ちです。バトルのない一話ですが、亀仙流修行編の締めくくりと次の大きな物語への橋渡しが、わずか14ページの中にぎゅっと詰め込まれています。

其之五十四「再冒険!!」のあらすじ

アナウンサーから優勝賞金50万ゼニーを受け取ったジャッキー・チュンは、選手控えのほうへ引き上げていきます。悟空とクリリンは優勝をたたえたあと、武天老師を探しに行こうとしますが、悟空は空腹でふらふらです。

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その頃ジャッキーは、茂みの中でかつらをむしり取り、スーツと帽子、サングラスを身につけて、いつもの亀仙人の姿に戻っていました。
どこへ行っていたのかといぶかしむ一同の前に、亀仙人がひょっこり現れます。ブルマに問われた亀仙人は、試合中は後ろのほうで見ていて、今はトイレに行っていたのだととぼけます。

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試合を見ていたかと尋ねるクリリンに、亀仙人は二人ともよく戦ったとねぎらいました。
クリリンは、腹さえ減っていなければ悟空は負けなかったはずだと悔しがります。ところが悟空本人は、あのじいさんは本当に強かったと素直に認めます。亀仙人はそれにうなずき、世の中には強い者がまだまだたくさんいるのだと語りました。

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二人が納得したところで、亀仙人は皆に食事をおごると言い出します。ヤムチャ、ブルマ、ウーロン、プーアルも誘われますが、ブルマは何か裏があるのではないかと勘ぐります。
レストランでは、悟空がすさまじい勢いで料理を平らげていきます。ブルマは30人前は食べたと目を丸くし、ヤムチャは50人前はいっていると訂正するほどです。それでも悟空はさらに2人前を追加注文し、一同はひっくり返ります。

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店員から材料がもうないと告げられると、悟空は「腹八分目」だからちょうどいいとあっさり納得し、一同はまたもずっこけるのでした。会計は47万ゼニー。優勝賞金のほとんどが、一度の食事で消えてしまいました。

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食後、7人は車で街を走ります。これからも修行を続けるのかと聞くヤムチャに、亀仙人は、もう教えられることはあまりない、ここから先はそれぞれが自分の道を進むのだと答えます。
悟空は、死んだじいちゃんの形見である四星球を探しに行くと宣言します。修行にもなるから、というのが悟空の考えです。ウーロンはついて行かないと即答。クリリンはまだ決めていないものの、もうしばらく亀仙人のもとにいるかもしれないと答え、亀仙人はランチと二人きりになれないと内心で嘆きます。

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ヤムチャが食事のお礼に亀仙人とクリリンを家まで送ると申し出て、一行は車を止めます。ブルマが飛行機のカプセルを探している間に、悟空は亀仙人のカバンを指して自分の荷物の有無を確かめ、如意棒を背負いました。
もう行くのかと驚くクリリンに、悟空はすぐに見つかるさと答えます。筋斗雲を呼んだ悟空は、仲間たちに見送られながら夜空へ飛び立っていきました。

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残された一行は、ブルマが飛行機のカプセルをなくしていたため、再び車に乗り込みます。美人だって失敗はするのだと開き直るブルマ。しかし、その車もガス欠を起こしかけて……というオチで、この回は幕を閉じます。

「世の中には強い者がいる」──武天老師はなぜ正体を明かさなかったのか

この回の前半でいちばん味わい深いのは、亀仙人が何食わぬ顔で一同の前に戻ってくる場面です。「トイレに行っていた」という言い訳は、どう聞いても苦しいものです。それでも、少なくともこの場で正体を見抜いた様子の者はいません。

ここで思い出したいのが、ジャッキー・チュンが大会に出場した目的です。其之四十六で明かされたとおり、悟空たちに上には上がいることを教え、優勝して思い上がらないようにするためでした。この回の亀仙人の言葉は、その目的に対する”答え合わせ”になっています。

注目したいのは、クリリンと悟空の反応の違いです。クリリンは「腹が減っていなければ勝てた」と、敗因を条件のせいにしました。悟空は「あのじいさんは強かった」と、相手の実力をそのまま受け止めています。亀仙人が「そのとおり」と応じたのは、悟空の受け止め方のほうでした。

では、なぜ亀仙人はここで正体を明かさなかったのでしょうか。理由は、明かした瞬間に教訓の意味が変わってしまうからだと考えられます。

「名も知らない老人に負けた」のであれば、教訓は「世界は広い」になります。ところが「師匠に負けた」のであれば、「師匠はやっぱり強い」という身内の話で終わってしまいます。広い世界に強者がいると信じさせておくことが、弟子を次の修行へ駆り立てる力になるのです。

対照的なのが、其之四十六でのナムへの対応です。亀仙人は、すでに戦い終えたナムに対しては自分が武天老師であることを明かし、正体を隠して出場している理由も打ち明けていました。弟子ではない相手には明かしてもかまわない。しかし弟子に対しては、隠し通すことにこそ意味がある。相手によって使い分けるところに、師匠としての計算がうかがえます。

ちなみに、この回が載った号の作者コメントで、鳥山先生はジャッキー・チェンの映画『ポリス・ストーリー』を観て、『プロジェクトA』と並ぶ傑作だと記しています。ジャッキー・チェンを思わせる名前の老人が退場する回に、ちょうどその映画の話題が重なっているのは、ファンとしては思わずにやりとしてしまう偶然です。

50万ゼニーの行方──47万ゼニーの宴と「腹八分目」

第21回大会の優勝賞金は50万ゼニーでした。この賞金をどうしても必要としていたのが、準決勝で悟空と戦ったナムです。水不足に苦しむ村のために、賞金で水を買おうとしていました。
一方、優勝した亀仙人は、もともと賞金目当てで出場したわけではありません。その賞金のほぼすべて、47万ゼニーが一度の食事に消えました。率にすると94%です。手元に残ったのは、わずか3万ゼニーということになります。

この使い道は、ふざけているようでいて筋が通っています。賞金は、弟子たちを負かしたことで手にしたお金です。それを弟子たちと、応援に来た仲間たちへのごちそうとしてそっくり返したことになります。表向きは「ジャッキー・チュンの賞金」ですが、亀仙人にとっては弟子への卒業祝いのようなものだったのかもしれません。

ブルマが「何か裏があるのでは」と疑ったのも無理はありません。亀仙人は、弟子入りを願い出た悟空に、その条件としてピチピチギャルを連れてくるよう求めた人物です。そのスケベじじいが気前よくおごると言い出せば、身構えたくもなるでしょう。

そして宴の主役は、何といっても悟空の食べっぷりです。ヤムチャの見立てでは50人前。それでもまだ2人前を追加しようとし、材料切れを告げられると「腹八分目」で納得してしまいます。50人前でまだ八分目なら、満腹までにはさらに十数人前が必要という計算になります。

この食欲には、決勝戦の流れを踏まえると別の味わいもあります。前話までの記事で見てきたとおり、悟空は決勝の終盤、空腹で力が出ないことに苦しんでいました。その空腹が、試合が終わってようやく満たされたわけです。決勝の敗因のひとつを、ここで一気に取り返しているようにも見えます。

のちに悟空がサイヤ人だと明かされ、この底なしの食欲も種族の特徴として描かれていくことになります。もちろん、この時点でそこまでの構想があったかどうかは分かりません。ただ、のちの設定を知ったうえで読み返すと、この大食いの場面も悟空の正体をうかがわせる描写のひとつとして楽しめるはずです。

「もう教えることはない」──亀仙流修行編の卒業式

帰りの車の中で、亀仙人は弟子たちに、もうあまり教えることはないと告げます。ここから先は、それぞれが自分の道を進め、という意味です。約8か月におよんだ亀仙流の修行は、この一言で区切りを迎えました。

振り返ってみると、亀仙人の修行は「技を教える」ものではありませんでした。牛乳配達や畑仕事、工事現場のアルバイトといった日々の労働で、体の土台を徹底的に鍛え上げるものです。かめはめ波にしても、悟空は亀仙人が撃つのを見て、その場でまねしてしまいました。

残像拳もまた、悟空は大会のなかでジャッキーの技を見て自分のものにしています。つまり悟空の場合、土台さえできていれば、技は実戦のなかで勝手に身につけていくのです。「もう教えることはない」という言葉は、謙遜でも投げやりでもなく、悟空のこうした成長の仕方を見抜いたうえでの判断だったと考えられます。

この「卒業」を受けて、それぞれの進路が分かれていきます。

  • 悟空:四星球を探す旅に出る。旅そのものを修行と考えている
  • クリリン:まだ決めていないが、もうしばらく亀仙人のもとに残るかもしれない
  • ウーロン:悟空にはついて行かないと即答
  • ヤムチャ:食事のお礼に、亀仙人とクリリンを家まで送ると申し出る

悟空とクリリンの違いは、そのまま二人の性格の違いでもあります。悟空はひとりで山奥に暮らしていた少年です。誰かに付き従うより、自分で歩き回るなかで強くなるほうが性に合っているのでしょう。一方のクリリンは、師匠のそばで学び続けることを選びかけています。

そのクリリンの返事に、亀仙人が「ランチと二人きりになれない」と内心で嘆くのは、いかにも亀仙人らしいオチです。師匠らしい名言を口にしたかと思えば、すぐにスケベじじいに戻ってしまう。この落差こそが、武天老師というキャラクターの魅力なのだと思います。

原点への帰還──「再冒険」と四星球、そして夜空の筋斗雲

サブタイトルの「再冒険」が指しているのは、もちろん悟空の新しい旅立ちです。そして旅の目的が四星球であることには、大きな意味があります。

其之一で悟空がブルマと出会ったとき、悟空が大切に持っていたのが、育ての親である孫悟飯の形見の四星球でした。ドラゴンボール探しは、本来この作品の出発点です。第21回天下一武道会という長い寄り道を経て、物語はふたたび「ボールを探す冒険」へと戻ってきたことになります。

ただし、最初の冒険と今回とでは、決定的に違う点があります。最初の旅は、願いをかなえたいブルマに誘われて始まりました。悟空は、言ってみればついて行く側だったのです。今回は違います。誰に誘われるでもなく、悟空が自分で目的を決め、ひとりで出発します。

クリリンが四星球を知らなかったことも、この旅立ちが悟空個人のものであることを際立たせています。四星球の思い出は、クリリンと出会う前の悟空だけのものです。「再冒険」は、修行仲間と別れ、悟空がふたたび自分自身の物語を歩き始める回なのです。

旅立ちの描き方も印象的です。如意棒を背負い、筋斗雲に飛び乗って、夜空へ一直線に消えていく悟空。それに対して残された一行は、飛行機のカプセルをなくし、乗り込んだ車もガス欠しかけるというドタバタぶりです。身軽に飛び立つ悟空と、地上でもたつく仲間たち。その対比が、主人公がひとり新しい舞台へ移っていくことを、笑いのなかでくっきりと描き出しています。

もうひとつ、少し細かい疑問にも触れておきます。ドラゴンボールは、願いをかなえたあと石になって世界中に散らばり、1年たつまで力を取り戻しません。ウーロンが願いをかなえてから大会までの期間は、亀仙人のもとでの約8か月の修行が大半を占めており、1年には届いていないと考えるのが自然です。つまりこの回の時点では、まだ1年たっていない可能性があります。

すぐに見つかると言って飛び出した悟空ですが、次の回までにどれほどの時間が流れているのかは、この回だけでは分かりません。作中で時間の経過がどう扱われているのかは、次回以降の描写とあわせて確かめてみたいポイントです。

おわりに

其之五十四は、戦いのない一話のなかに、第21回天下一武道会の後始末と、新しい物語の始まりを同時に描いた回でした。

亀仙人は最後まで正体を明かさず、「世の中には強い者がいる」という教訓をそのまま弟子の胸に残しました。50万ゼニーの賞金は47万ゼニーの宴に化け、悟空は50人前を食べてなお「腹八分目」。そして「もう教えることはない」という一言とともに、亀仙流の修行には区切りがつけられます。

悟空が向かう先は、すべての始まりである四星球です。今度はブルマに誘われるのではなく、自分で決めた旅。筋斗雲で夜空へ消えていく後ろ姿は、少年悟空のもうひとつの大冒険の幕開けにふさわしいものでした。

では、ひとり旅立った悟空を待っているのは何なのでしょうか。次回、其之五十五「赤いリボン」で、悟空の前にドラゴンボールを狙う新たな勢力が姿を現します。

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