前話其之二十二「悟空の大変身」では、大猿化して暴走する悟空をヤムチャとプーアルの連係プレーで鎮め、尻尾を切断することで元の少年の姿に戻すことに成功しました。
ピラフ城は瓦礫と化し、ピラフ一味の世界征服の野望も潰え、ドラゴンボールは神龍の力が使われたことで一年間ただの石に戻ってしまった——。
本話「ドラゴンチーム解散」は、この一連の冒険の締めくくりであり、それぞれが新たな道を歩み始める、物語の大きな転換点です。
其之二十三「ドラゴンチーム解散」のあらすじ
大猿から元に戻った悟空は、尻尾がなくなっていることに気づいて驚きますが、自分が大猿に変身して暴れたことについてはまったく記憶がありません。
仲間たちは、悟空が大猿に変身していたことをあえて詳しく説明せず流してしまいます。
それは、じっちゃん(育ての親・孫悟飯)を殺したのが実は悟空自身だということを、知らないままにさせておこうとする気遣いからでした。
ここで仲間たちはそれぞれの道に別れることになります。ブルマは西の都の自宅へ帰ることに。ヤムチャはこの冒険を通じてブルマと恋仲になっており、プーアルとともにブルマについていくことを選びます。ウーロンもブルマの家に居候することに。つまり、ブルマ・ヤムチャ・プーアル・ウーロンの四人は西の都へ向かうわけです。
そして悟空はというと、じっちゃんの形見である四星球を探しに行くと言い出します。
ドラゴンボールは一年間石に戻っているため、ドラゴンレーダーでは探知できません。恋人を手に入れたことでドラゴンボールが必要なくなったブルマは、ドラゴンレーダーを悟空に渡します。
筋斗雲に乗って飛び立つ悟空に、仲間たちが手を振って別れを告げる——これが第23話のラストシーンです。
最序盤に放たれた超長距離伏線
この第23話には、後の物語を知っているファンなら思わずニヤリとしてしまうセリフがあります。大猿から元の姿に戻り、呑気に眠っている悟空を見て、ウーロンがポツリとつぶやくのです。
「いったいこいつなんなんだろう……宇宙人じゃねえのか?」

このセリフの凄まじさは、後のサイヤ人編を知っている読者にとって破壊力が段違いです。ラディッツが地球に降り立ち、悟空に向かって「おまえは戦闘民族サイヤ人だ」と告げるのは、作中の時間軸でおよそ13年後、連載時系列で言えば約5年後のこと。ウーロンは、その真実を物語の最序盤で的中させていたことになります。
もちろん、鳥山先生自身が「先の展開まで考えるタイプではない」「サイヤ人という設定は連載開始時にはまったく考えていなかった」と公言しているように、これは意図的に仕込まれた伏線ではないでしょう。しかし、だからこそ面白いのです。
冷静に考えてみれば、ウーロンの推理はこの時点で十分に合理的です。尻尾が生えている、満月を見ると巨大な猿に変身する、鋼鉄の壁をぶち破るほどの怪力——これらの特徴を目の当たりにして、「普通の人間」だと思う方がどうかしています。ウーロンは臆病でスケベなキャラクターとして扱われがちですが、実は仲間内でもっとも「観察力」に優れた人物なのかもしれません。
実際、後の第23回天下一武道会では、匿名で出場したチチの正体に仲間の中で最初に気づいたのもウーロンでした。しゃべり方だけで正体を見抜くのですから、なかなかの洞察力です。
さらに興味深いのは、ウーロンが「宇宙人」と言った時、他の仲間たちが特にそれを否定もしていない点です。
ドラゴンボールの世界はカプセルコーポレーションが宇宙船を開発している技術レベルの文明圏であり、「宇宙人」という概念はそれほど突飛なものではなかったのかもしれません。
しかし、この場にいる誰も、この何気ない一言がどれほど正確に「真実」を言い当てていたかを、この時点では知る由もなかったのです。
鳥山先生が自ら語った「強引なまでの、うまい辻褄合わせに自分でも感心してしまう」という言葉は、まさにこのような偶然の伏線回収に支えられています。
行き当たりばったりで描いていたはずなのに、後から振り返ると見事に一本の線につながっている——ドラゴンボールという作品の「奇跡的な整合性」の原点が、このウーロンの一言に凝縮されているように思います。
ヤムチャとブルマの「自然すぎるカップル成立」
この第23話で注目すべきは、ヤムチャとブルマの交際が実質的に成立したという点です。しかも、この二人がくっつく過程が驚くほど自然なのです。
そもそもヤムチャは、女性の前だと極度のあがり症になるという致命的な弱点を持っていました。ドラゴンボールで「女性の前であがらなくなりたい」と願おうとしていたほどです。一方のブルマは「すてきな恋人がほしい」という願いでドラゴンボールを探していました。
結局、二人の願いはどちらもドラゴンボールでは叶えられませんでした。ウーロンが咄嗟に「ギャルのパンティ」を願ってしまったせいです。
しかし皮肉なことに、冒険を共にする過程で、ヤムチャは女性への免疫を自然に克服し、ブルマは目の前にいるヤムチャに惹かれていった。つまり、二人の願いは「旅そのもの」によって叶えられていたのです。
ドラゴンボールという「魔法の力」に頼らずとも、冒険という「経験の力」が人を変えるのだ——この第23話には、そういうメッセージが込められているように思えてなりません。

後のシリーズでヤムチャとブルマは結局破局し、ブルマはベジータと結ばれることになるわけですが、この第23話時点での二人は間違いなく物語で最も輝いている「お似合いのカップル」でした。
この時のヤムチャは、大猿悟空に立ち向かい、ブルマを守り、仲間の危機を救った頼もしい男だったのですから。
「ドラゴンチーム」という呼称とその解散が意味するもの
タイトルにある「ドラゴンチーム」という呼び方は、実はこの話でしか使われない珍しい表現です。ブルマ、悟空、ウーロン、ヤムチャ、プーアルという五人が「チーム」として明確に定義されるのは、逆説的にも「解散する」このエピソードにおいてです。
これは鳥山先生の物語運びの巧みさを象徴しています。「ドラゴンチーム」という名前は、ドラゴンボール集めという目的に紐づいたものです。目的が達成された(正確には、ウーロンの願いで消化されてしまったのですが)以上、チームは解散するのが道理。
しかし、この「解散」は「終わり」ではなく、新たな物語の「始まり」への布石として機能しています。
注目すべきは、この解散後の各キャラクターの行き先が、次の章以降の展開と見事にリンクしている点です。
悟空は四星球探しの旅の中で亀仙人のもとに弟子入りし、修行編へと突入します。ヤムチャもまた、後に亀仙人に弟子入りを志願することになりますが、それはこの時点でブルマの居候になったことが前提になっています。
つまり第23話での「別れ」が、天下一武道会での「再会」を準備しているわけです。
この回が「第一部完」である理由
ドラゴンボールの物語を大きく区切ると、第1話から第23話までが「ドラゴンボール探し編(ピラフ編)」、第24話以降が「亀仙人の修行編」として区分されます。第23話は、いわば「第一部完」の位置づけです。
ここで思い出しておきたいのは、連載当時のドラゴンボールの人気が実はそこまで高くなかったという事実です。
連載初期はアンケート順位が15位まで落ちたこともあり、打ち切りの可能性すらあったといわれています。担当編集者の鳥嶋和彦氏が「主人公が地味だ。だから人気がないんだ」と鳥山先生に指摘し、「強さを追い求める主人公」というテーマを持たせたことで、天下一武道会編から人気が爆発的に上昇したのは有名な話です。

つまり、第23話は「人気が低迷していた時期の最後のエピソード」でもあるのです。
ラストの「長い間ご愛読ありが…」というジョークめいた文言は、もしかすると鳥山先生自身が感じていた「本当にここで終わるかもしれない」という緊張感の裏返しだったのかもしれません。結果としてドラゴンボールは42巻・519話にわたる大長編となり、世界的な作品に成長していくわけですが、第23話の時点では、まだその未来は確約されていなかった。
だからこそ、この第23話は単なる「つなぎ回」ではありません。ドラゴンボールという作品が「冒険もの」から「格闘もの」へと大きく舵を切る直前の、最後の「冒険の余韻」が詰まった一話。仲間たちが笑顔で手を振り、悟空が筋斗雲で飛び立っていくあのラストシーンは、いわばドラゴンボールの「少年時代」の最後の一ページだったといえるのではないでしょうか。
次話「亀仙人の修行料」では、悟空は亀仙人のもとを訪れ、弟子入りを志願します。ここからクリリンという最高のライバルが登場し、天下一武道会という舞台が用意され、「武道家・孫悟空」の物語が本格的に幕を開けることになります。


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