其之五十三のサブタイトルは「クライマックス」です。前話「クライマックス近し!!」から「近し」の二文字が取れ、第21回天下一武道会の決勝戦にいよいよ決着がつきます。
前話のラストで、かめはめ波を撃ち尽くしたジャッキー・チュンは、悟空の小さな体を見て何かに思い当たり、二人は互いに向かって飛び出していきました。この回は、その突進の続きから始まります。
大技はもう、どちらにも残っていません。最後に勝負を分けたのは、空中でぶつかり合ったたった一発の蹴りと、アナウンサーが持ち出した、なんとも気の抜ける「ひと言」でした。この回で、悟空の初めての天下一武道会は幕を閉じます。
其之五十三「クライマックス」のあらすじ
互いに向かって突進した悟空とジャッキー・チュンは、同時に空中へ跳び上がり、相手の顔めがけて蹴りを放ちます。蹴りはどちらも命中し、二人はそろって武舞台に倒れ込みました。ダブルノックダウンです。

アナウンサーがカウントを取り始めます。会場からは二人に立ち上がるよう呼びかける声が飛びますが、悟空もジャッキーも起き上がれないまま、カウントはとうとうテンまで進んでしまいました。
ここでアナウンサーは、天下一武道会に引き分けはないと告げ、決着の方法を発表します。先に立ち上がり、にっこり笑って「優勝したもんねー」と言えたほうを勝ちとする、というものです。
先に体を起こしたのは悟空でした。笑顔で「ゆ…ゆうしょう…した…もん…」と言いかけますが、最後の「ね」にたどり着く前に、にこにこした表情のまま、ふたたび倒れてしまいます。

続いて立ち上がったのはジャッキーです。こちらも言葉はとぎれとぎれでしたが、最後には決めポーズとともに「優勝したもんねーっ!!」と言い切りました。アナウンサーは、ジャッキー・チュンの優勝を宣言します。

勝ったジャッキーは、心の中で勝因を振り返ります。同じように蹴り合えば、足の長い自分の蹴りのほうが深く入る。最後の差は、それだけだったのです。
やがて目を覚ました悟空は、自分が負けたことを知ります。それでも悟空は、もっと修行して強くなったら、もう一度戦ってほしいとジャッキーに頼み、ジャッキーもそれを受け入れました。会場は、最後まで熱戦を見せた二人に大きな歓声を送るのでした。
「小さな体」の答え──勝敗を分けたのは足の長さだった
前回の記事の最後で、ジャッキーが悟空の小さな体を見て何に思い当たったのかは、この回に持ち越されると書きました。その答えは、拍子抜けするほどシンプルなものでした。体格の差、もっと言えば足の長さです。

前話の時点で、二人に大技は残っていませんでした。ジャッキーはかめはめ波を撃ち尽くし、悟空は空腹で力が抜けかけている。
こうなると、残るのは体ひとつの殴り合い、蹴り合いです。技の駆け引きが消えた勝負では、力やスピードと並んで、リーチがものを言います。ジャッキーが突進の直前に気づいたのは、おそらくこの点でしょう。
さらに言えば、悟空はこの大会を通じて、ジャッキーの技を見ては自分のものにしてきました。準決勝のナム戦では、ジャッキーがクリリン戦で見せた残像拳を早速まねていますし、決勝でもジャッキーの残像拳に対し、三重残像拳で一枚上をいっています。前回の記事で取り上げた「空中では逃げられない」という教訓も、ジャッキーから学んだものでした。
そう考えると、ジャッキーには「この子は自分と同じ動きで返してくる」という読みもあったのかもしれません。同じ技を同じタイミングで出し合えば、最後は足の長いほうが先に届く。結果は、まさにその読みどおりになりました。
蹴りという選択にも意味があります。拳と比べて、蹴りは体格差がそのまま届く距離の差になって表れる攻撃です。大人と子どもが同時に蹴り合えば、大人の足は余裕をもって相手の顔を深くとらえ、子どもの足は伸びきった先でかろうじて届く、という形になりやすいはずです。
二人の蹴りはどちらも当たりましたが、ダメージの深さには最初から差がついていたことになります。見た目は相打ちでも、中身は相打ちではなかったのです。
ここでおもしろいのは、この決勝戦における悟空の「体の大きさ」の扱いです。其之五十から其之五十一にかけて、悟空は大猿に変身し、武舞台を壊すほどの巨体になりました。ジャッキーはその「いちばん大きな悟空」を、月ごと消すことで止めています。
そして最後は、元に戻った「いちばん小さな悟空」を、体の小ささで退けました。大きすぎても、小さすぎても勝てない。体格というテーマが、決勝戦の終盤を通して一本の線でつながっているのです。
そしてこの差は、時間とともに必ず縮まっていくものでもあります。3年後の第22回天下一武道会で、悟空はぐっと背が伸びた姿で再登場します。
ジャッキーが勝った理由は、言ってみれば「悟空がまだ子どもだったから」です。師匠にとっては、喜んでばかりもいられない勝因だったのではないでしょうか。
「優勝したもんね」ルール──ふざけているようで理にかなった決着方法
この回でいちばん印象に残るのは、やはり「優勝したもんねー」と言えたほうが勝ち、という決着方法でしょう。命がけの決勝戦の結末としては、あまりにも気の抜けた条件です。
ただ、少し落ち着いて考えると、この方法には意外な合理性があります。単に「先に立ち上がったほうの勝ち」とした場合、ふらつきながら一瞬だけ立ったのか、本当に戦える状態まで回復したのかを見分けるのは難しくなります。
ところが、決められたセリフを最後まで言わせれば、意識がはっきりしているかどうかが一目で分かります。実際に悟空は先に立ち上がりながら、言い切る前に倒れてしまいました。この方法でなければ、悟空の勝ちと判定されていた可能性すらあります。
もうひとつ見逃せないのは、「にっこり笑って」という条件です。苦しい顔で立っているだけでは足りず、笑顔で勝利を宣言できるだけの余裕を見せなければならない。武道の大会の決着としては奇妙ですが、観客の前で行われる「お祭り」としての天下一武道会らしい条件とも言えます。
もともと天下一武道会は、満員の観客が見守るなかで行われる興行でもあります。最後に勝者が笑顔で優勝を宣言する場面は、大会の締めくくりとしてこれ以上ないほど分かりやすいものでした。
このルールが大会に以前からあったものなのか、アナウンサーがその場で決めたものなのかは、作中でははっきりしません。もし前者なら、大会は両者ダウンという事態をあらかじめ想定していたことになりますし、後者なら、アナウンサーの機転がまたひとつ大会を救ったことになります。
前回の記事で見たように、このアナウンサーは月が消えた大混乱のなかでも、カウントを取り、試合を中断し、手順を守り続けてきました。その延長線上にこの裁定を置くと、後者の読み方にも十分な説得力があるように思えます。
いずれにしても、場外負けのルールが前話でジャッキーを救ったように、この決勝戦では最後まで「ルール」が勝敗を決めています。
そして、それを「優勝したもんねー」という子どものようなセリフに落とし込むところが、鳥山先生らしいユーモアです。深刻な死闘に、最後の最後で笑える着地点を用意しているわけです。
「ね」まで言えなかった悟空──一音差の決着と二人の粘り
この決着方法で見逃せないのは、先に立ち上がったのが悟空だったという点です。回復の早さだけを比べれば、悟空はジャッキーを上回っていました。それでも、あと一音が言えなかった。勝敗を分けたのは、文字どおり「ね」の一文字です。

なぜ悟空は最後まで言い切れなかったのでしょうか。作中で直接の説明はありませんが、まず考えられるのは、ジャッキー自身が振り返ったとおり、蹴りのダメージの差です。足の長さの分だけ深く入った一撃が、最後の数秒で効いてきたのでしょう。
加えて、前話の悟空は腹が減って力が出ないと感じていました。大猿への変身を経て、空腹のまま戦い続けた体に、最後のひと押しが残っていなかったと考えることもできそうです。
一方で、倒れるときの悟空が笑顔だったことにも注目したいところです。負けた悔しさよりも、強い相手と全力で戦えた楽しさがまさっている。のちの悟空にも一貫して見られる「強いやつと戦うのが楽しい」という気質が、ここではっきりと表情に描かれています。
対するジャッキーも、決して余裕の勝利ではありませんでした。言葉はとぎれとぎれで、立っているのがやっとの状態です。
それでも最後まで言い切り、ポーズまで決めてみせました。前話では、片足一本を武舞台の側面にかけて場外負けを免れています。二話続けて、勝負を決めたのは老人の粘り強さでした。経験の差とは、こうした「最後のひと踏ん張り」の差なのかもしれません。
師匠の勝利、弟子の再戦宣言──ジャッキー・チュンが出場した本当の目的
ジャッキー・チュンが正体を隠して大会に出場したのは、悟空たちに世の中にはまだ強い者がいると教え、優勝して思い上がることのないようにするためでした。この目的は其之四十六で明かされています。
では、その目的は果たされたのでしょうか。この回のラストを見れば、答えは明らかです。負けを知った悟空は、すねるでも落ち込むでもなく、もっと修行して強くなってから、もう一度戦いたいと申し出ました。自分より強い者がいることを知り、それを次の修行への意欲に変える。武天老師が弟子に望んだ姿そのものです。
ただし、師匠の側から見れば、この勝利は薄氷を踏むようなものでした。かめはめ波で月まで消し、力を使い果たし、最後は足の長さとたった一音の差で逃げ切ったのです。世の広さを教えるつもりで出場した師匠が、弟子の底知れない伸びしろを誰よりも思い知らされた。そんな決勝戦だったと言えるでしょう。
再戦を受け入れたジャッキーの返事にも、師匠としての本音がにじんでいるように思えます。ジャッキーにとって再戦は、正体を隠したまま、ふたたび弟子の成長を確かめる機会になります。勝って弟子の慢心を防ぎ、負けた弟子には次の目標を与える。
一度の決勝戦で、教育として必要なものをすべて渡してしまったわけです。3年後の第22回大会に、ジャッキー・チュンがふたたび姿を現すことを考えると、この約束はその伏線のひとつと読むこともできるでしょう。
そして、この準優勝は悟空の天下一武道会の歩みの出発点にもなります。悟空は3年後の第22回大会でも決勝に進み、天津飯に僅差で敗れて、ふたたび準優勝に終わります。初めて優勝をつかむのは、さらに3年後の第23回大会です。
その決勝でピッコロを破った決め手は、自力で空を飛んでの頭突きでした。かめはめ波がなければ空を飛べないジャッキーの弱点を突いて場外へ蹴り出した悟空が、のちに自分自身の力で空を飛び、場外勝ちで優勝をつかむ。第21回大会の決勝で学んだことが、6年越しに実を結んだと考えると、感慨深いものがあります。
おわりに
其之五十三は、大技も変身も出尽くした決勝戦を、もっとも単純な要素で決着させた回でした。前話でジャッキーが悟空の小さな体に見出したのは、足の長さという体格の差。そして勝敗を最終的に決めたのは、「優勝したもんねー」の最後の一音でした。
ふざけているようでいて、セリフを言い切らせる決着方法には意識を確かめる合理性があり、悟空とジャッキーそれぞれの粘りと気質がはっきりと描かれています。何より、負けた悟空がすぐに再戦を望んだことで、武天老師が正体を隠してまで出場した目的は見事に果たされました。
こうして第21回天下一武道会は、ジャッキー・チュンの優勝で幕を閉じます。では、大会を終えた悟空たちはこれからどこへ向かうのでしょうか。次回、其之五十四「再冒険!!」で、物語は新たな冒険へと動き出します。

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