『ドラゴンボール大全集』4巻には、地球に住む人間は大きく3種類に分けられる、という記述があります。人間型地球人、動物型地球人、モンスター型地球人の3つです。私たちが何となく獣人と認識していた連中には、ちゃんと公式の種族名がついていたわけです。代表例として挙げられているのはウーロン、プーアル、ピラフの部下のソバ(シュウ)、兎人参化、天下一武道会会場の武道寺管長、そして国王。いずれも物語前半の顔ぶれです。
そして同じシリーズの7巻には、動物型地球人とモンスター型地球人について、種類の違う者同士では子孫が残りにくく、そのために個体数がじわじわ減っているのだろう、という説明まで載っています。
つまり「後半になって動物型地球人を見かけなくなった」というのは、読者の気のせいではありません。公式が現象として認め、理由づけまで用意していた。ところが、この公式説明を素直に読んでも、私にはどうしてもすっきりしない部分が残るのです。
本記事では、まず「本当に消えたのか」という事実確認から始めて、ネット上に散らばる仮説を一通り検証し、最後に私自身の解釈を提示します。
獣人(動物型地球人)は、実は消えていない
いきなり結論の一部を先出しすることになりますが、獣人(動物型地球人)は消えていません。原作を通しで確認してみてください。ウーロンは最終盤まで居座り続けます。プーアルもヤムチャの傍らに最後までいます。カメハウスのウミガメも健在です。カリン塔の仙猫カリンにいたっては、セル編でも仙豆の供給元として物語の生命線を握っています。
そして最大の論拠が国王です。犬の姿をした獣人(動物型地球人)であるこの人物は、ピッコロ大魔王編で初登場し、セルに軍隊が壊滅させられた際にはテレビ演説を行い、さらに魔人ブウ編の元気玉の場面でも顔を出します。原作の時間軸で数えても20年以上、国家元首の座に居座り続けている計算になります。しかも一度も人間の姿に戻っていません。

犬が世界の元首をやっている国で、犬が差別されて滅ぼされたとは考えにくいでしょう。
さらに、魔人ブウ編の第25回天下一武道会の会場にも、獅子の顔をした観客が描き込まれています。原作の最終章です。この時点でもなお、地球には獣人が普通に暮らして、普通に格闘技を観に来ている。
ではいったい何が消えたのか。消えたのは「獣人(動物型地球人)」ではなく、「新しく登場するに獣人(動物型地球人)のモブキャラ」です。ここを取り違えると、以降の考察が全部ずれます。問いを正確に立て直しましょう。
なぜ鳥山明は、物語後半で新しいに獣人(動物型地球人)キャラを描かなくなったのか。
これが本当の論点です。
前半の獣人(動物型地球人)は「どこ」にいたのか
次に、前半の獣人(動物型地球人)がどこに分布していたかを洗い出してみます。これが後で効いてきます。
- ウーロンは、ブルマと旅立った悟空が最初に立ち寄った村を荒らしていた
- プーアルはヤムチャとともに砂漠の岩山の隠れ家に住んでいた
- 兎人参化のウサギ団は、辺境の町を支配していた
- ソバ(シュウ)はピラフ城にいた
- ウミガメは大陸から遠く離れた孤島にいた
- 大全集の地理設定によれば、ギランの村の隣にはパンダの動物型地球人が住んでいる
- アニメ設定では、ウーロンの故郷・八角村は豚の獣人(動物型地球人)だらけの村とされる
お気づきでしょうか。ほぼ全部が「地方」なのです。村、砂漠、辺境の町、孤島、山中。一方で、カプセルコーポレーションのある西の都のような大都市の描写を思い返してみてください。街を歩いているのはほとんど人間型です。
この分布には、たったひとつだけ例外があります。中の都のキングキャッスルに住む、あの犬の国王です。「地方に偏在し、大都市では首長だけが獣人(動物型地球人)」。この奇妙な非対称は、あとで重要な意味を持ちます。
ネット上の仮説を検証する
この話題は昔からファンの間で繰り返し議論されてきました。ネット上に出回っている説を、一度まとめて検証してみます。
仮説1 虐殺で全滅した説
ピッコロ大魔王、ナッパ、セル、魔人ブウ。地球は物語の中で何度も大量殺戮の舞台になりました。そこで獣人が集中的に死んだのではないか、という説です。
これは却下でよいと思います。理由は単純で、それらの犠牲者はすべてドラゴンボールで生き返っているからです。しかも国王は毎回生き延びているか、毎回復活しているかのどちらかで、結局最後まで犬のままです。全滅したのなら、元首が無事なはずがありません。
仮説2 神龍の願いの文言説
魔人ブウ編で「今日死んだ人を生き返らせてくれ」と願ったとき、「人」に獣人(動物型地球人)が含まれず、彼らだけ生き返らなかった——という、いかにも掲示板発の説です。
発想は面白いのですが、これも成立しません。まず、この作品世界では地球人という括りに動物型もモンスター型も含まれており、「人」の範囲から外す根拠がありません。そして決定打として、ピッコロ大魔王編でも同様の願いによる一斉復活が行われていますが、その後も獣人はちゃんと存在しています。もしこの理屈が通るなら、獣人(動物型地球人)はピッコロ大魔王編の時点で全滅していたはずです。
仮説3 戦闘力で淘汰された説
強さのインフレについていけない種族が自然に退場した、という説です。これも否定できます。大全集は3種類の地球人について、一部を除いて能力的に大差はないと明言しているからです。
そもそも強さと種族は無関係です。クリリンもヤムチャも天津飯も人間型ですが、彼らが強いのは修行したからであって人間型だからではありません。逆にウーロンが弱いのは豚だからではなく、修行していないからです。この作品の強さの論理は一貫して「気」と「修行」であって、血統や種族ではありません。ここを混同するのは、この作品のもっとも大事な原則を読み違えていることになります。
仮説4 バトル漫画化で都合が悪くなった説
天下一武道会あたりから本格的にバトル漫画へ舵を切り、その過程で地球人・宇宙人・神という枠組みが整理された結果、「地球人なのに動物の姿」という存在が扱いにくくなった——という説です。
これは部分的に正しいと思います。ただし「都合が悪くなった」という言い方は少し雑で、何がどう都合が悪かったのかを詰めないと説明になりません。後段で私なりに詰めてみます。
仮説5 ファッションだった説
これは長らくファンの間で「そう考えれば辻褄が合う」と冗談半分に語られてきた説でした。獣人(動物型地球人)の姿は流行であって、ブームが去ったから元に戻った、という解釈です。
そして驚くべきことに、この民間仮説はのちに公式設定として採用されます。
大全集の「交配制約」
まず1996年の大全集7巻の説明から。動物型・モンスター型は種類の違う者同士では子孫が残りにくいので、個体数が徐々に減っていると考えられる、というものです。
これは意外と示唆に富んでいます。要するに、獣人(動物型地球人)は「ひとつの種族」ではないということです。豚は豚と、犬は犬と、兎は兎としか子をなせないのであれば、彼らは何十もの極小種族の寄せ集めということになります。
先ほど確認した分布を思い出してください。八角村は豚だらけ、ギランの村の隣にはパンダ、ウサギ団は兎。種ごとに小さな集落を作って散在している。交配制約の設定と、実際の分布描写はきれいに一致しています。ひとつの村が数百人規模だとすれば、これはいつ消えてもおかしくない人口構造です。
ただ、この説明には穴があります。時間が足りないのです。原作の前半から魔人ブウ編までは、悟空の年齢でおおむね20年強しか経っていません。生物種が目に見えて減るには短すぎます。実際、ウーロンもプーアルもウミガメも普通に生きています。人口動態の緩やかな減少は、20年で「街から獣人(動物型地球人)が消える」ほどの効果を持ちません。
大全集の説明は、おそらく数百年単位のスケールの話です。物語の内部で起きた変化を説明する材料としては、単独では弱いと言わざるを得ません。
公式(?)の回答「アニマリン」
2020年、ゲーム『ドラゴンボールZ カカロット』のサブクエストで、鳥山明先生による新設定が明かされました。「アニマリン」という薬です。
内容はこうです。マジカル製薬が開発したこの薬を飲むと獣人(動物型地球人)の姿になれる。ブルマが10歳ごろに大流行した。ところがレッドリボン軍が資金調達のために粗悪品を製造販売しており、それを飲んだ者は人間の姿に戻れなくなってしまった。犬の国王もその一人である。悟空とブルマはミスター・ポポに特効薬を作らせ、戻れなくなっていた人々を人間に戻した——という顛末です。
この設定の強さは3つあります。
第一に、最大の例外だった国王を一撃で説明できること。なぜ大都市の元首だけが獣人(動物型地球人)なのか。答えは「彼は生まれつきの獣人(動物型地球人)ではなく、流行に乗って粗悪品をつかまされた元人間だから」。先ほど指摘した地方偏在の非対称が、これできれいに解消します。流行というものは都市から広がるものです。
第二に、レッドリボン軍を資金源として噛ませたことで、後年の劇場版『超 スーパーヒーロー』でレッドリボン軍の表の顔が製薬会社になっている件と接続されたこと。後付けにしては筋が通っています。
第三に、この設定が「獣人(動物型地球人)には2種類いる」と公式に宣言したに等しいこと。同じゲーム内で、ウーロンは生まれつき豚の姿だと明言されています。つまりアニマリン組と生来組は別物なのです。
もちろん弱点もあります。ブルマが10歳ごろのブームということは、悟空と旅立った16歳の時点ではブームは6年も前の話です。それなのに旅の道中で獣人(動物型地球人)に頻繁に出くわしている。ブームの残党だけでこの密度を説明するのは苦しい。
そしてファンの間でこの設定が賛否両論になったのも事実です。世界観そのものだったはずのものに後から理屈をつけるな、という反発は当然出ました。私自身も、これが唯一の答えだとは思っていません。
「消えた」のではなく「カメラが動いた」
ここから私見です。私は、獣人(動物型地球人)の失踪は3つの層が重なった現象だと考えています。
第1層 アニマリン組は、本当に減った
これは公式設定に従います。都市部に多かった「流行で獣人になった元人間」たちは、ブームの終息とミスター・ポポの特効薬によって人間に戻った。セル編までにこの層は消滅している。国王は戻らなかった例外です。これは実数として減った層です。
第2層 生来の獣人(動物型地球人)は、減っていない。ただ画面外にいる
ウーロン、プーアル、ソバ、兎人参化、八角村の住人たち。彼らは地方の小集落に種ごとに分かれて住んでいます。大全集の言うとおり長期的にはゆるやかに減っているのでしょうが、20年では絶滅しません。
では、なぜ我々の目から消えたのか。物語が彼らの住む場所を通らなくなったからです。
ここが私のいちばん言いたいところです。ドラゴンボールの前半は、世界中を移動するロードムービーでした。村へ行き、町へ行き、島へ行き、山へ行き、また別の村へ行く。この構造は、地球の人口構成をまんべんなくサンプリングする装置として機能していました。だから地方に偏在する獣人(動物型地球人)が、次々と視界に入ってきたのです。
ところが後半の舞台はどうでしょう。人のいない荒野。ナメック星。界王星。精神と時の部屋。あの世。セルゲームの会場も、わざわざ人里離れた岩盤地帯に作られています。地球の一般市民そのものが、画面から消えているのです。
獣人(動物型地球人)だけが消えたのではありません。八百屋も、農夫も、町の子どもも、名もなき村人も、全員がまとめて画面から消えています。獣人(動物型地球人)の失踪は、この大きな現象のごく一部を、獣人だけ取り出して眺めているにすぎません。
この解釈には検証可能な予測が立ちます。もし観測の問題ならば、後半でも一般市民が映る場面では獣人(動物型地球人)が再出現するはずだ、という予測です。そして実際、そうなっています。セル撃破の顛末を伝える国王のテレビ演説。魔人ブウ編の天下一武道会の観客席にいる獅子の顔。地球の一般社会にカメラを向けた瞬間、獣人(動物型地球人)はちゃんとそこにいる。サンプリングを再開すれば、ちゃんと検出されるのです。
第3層 メタの理由——獣人(動物型地球人)の「役割」は宇宙人に引き継がれた
最後に作り手側の事情です。ここには本人の証言があります。
鳥山明先生は、動物のキャラクターが多い理由を「楽をするため」と述べています。別のインタビューでは、動物好きということもあるが、基本的には人間より安易にバリエーションを増やせるから、とも語っています。
これは決定的な証言だと思います。獣人(動物型地球人)とは、鳥山明にとって「安くバリエーションを量産するための装置」だったということです。猫、犬、豚、兎、虎。輪郭を変えるだけで新キャラが1体できる。週刊連載でアシスタントをほとんど使わなかった作家にとって、これ以上に合理的な設計はありません。
ではサイヤ人編以降、この装置はどうなったか。より高性能な後継機に置き換えられた、というのが私の見立てです。宇宙人です。宇宙人も同じく安価にバリエーションを増やせます。しかも獣人(動物型地球人)にはない決定的な利点がある。強くても不自然ではないのです。
獣人(動物型地球人)を強敵として出そうとすると、どうしてもギランや兎人参化が背負っていたコメディの残り香がついてまわります。読者は豚の顔を見た瞬間に身構えるのをやめてしまう。ところがフリーザ軍の兵士なら、同じ作画労力で「怖い」を成立させられる。バトル漫画に転換した作品にとって、これは死活的に重要な差です。
前述の仮説4「バトル漫画化で都合が悪くなった」を、私はこう言い換えたい。都合が悪くなったのではなく、同じ役割をより安くこなす別のフォーマットが手に入ったので、乗り換えたのだと。
絵柄の変化も同じ方向に働いています。前半の丸っこい絵柄と、後半の硬質で影の多い絵柄では、獣人のデフォルメ度合いが明らかに浮きます。だからこそ鳥山先生は、最後まで残したウーロンとプーアルを、初期のデフォルメのまま、かつ常に非戦闘のコメディ位置に置き続けたのでしょう。彼らを戦闘の文脈に混ぜないこと自体が、絵柄の不整合を回避する処理だったのだと思います。
国王はなぜ犬のままだったのか
最後にひとつだけ、別の角度から国王に触れておきます。
アニマリン設定を使えば「粗悪品で戻れなくなったから」で説明は済みます。ただ、それは設定上の理由であって、作劇上の理由ではありません。鳥山先生はセル編でもブウ編でも、あえて彼を犬のまま再登場させています。人間に戻してしまえば何の問題もなかったはずなのに、です。
私は、国王が後半における「物語の外側にある地球」の唯一の定点観測装置だったからだと考えています。地球の一般社会を一コマで表現しなければならないとき、鳥山先生は必ず彼を呼び出します。そして彼が犬のままであることは、この世界が今も初期と同じ世界であることの、無言の保証書になっている。
獣人は滅びていない。その生き証人として、彼だけが画面に残されたのではないでしょうか。
なお、原作から約250年後を舞台にしたゲーム『ドラゴンボールオンライン』には、レッドパンツ軍という獣人(動物型地球人)の集団が登場します。集団を組織できるだけの頭数が250年後にも存在しているわけで、絶滅説は公式サイドからも否定されていると見てよさそうです。
総括
整理します。「獣人(動物型地球人)が消えた」という前提は、半分が誤りです。消えたのは獣人(動物型地球人)そのものではなく、獣人(動物型地球人)が映るような種類の場面でした。
そのうえで、実際に起きたことは次の3つの合成だと私は考えます。
- アニマリンのブーム終息と特効薬の普及により、都市部にいた「にわか獣人(動物型地球人)」が人間に戻った(実数の減少)
- 生来の獣人(動物型地球人)は地方の小集落に散在しており、物語がロードムービーをやめた結果、単に視界から外れた(観測の偏り)
- 作り手にとって「安く異形を量産する装置」だった獣人(動物型地球人)の役割を、強さと両立できる宇宙人が引き継いだ(作劇上の交代)
このうち最も効いているのは、間違いなく2と3です。1は公式が用意した親切な説明ですが、現象の規模を説明しきれていません。大全集の言う個体数の緩やかな減少も、おそらく事実なのでしょう。ただそれは数百年かけて進む話であって、悟空の一生のうちに街から獣人が消えるような速さではない。
つまり彼らは死んだわけでも、滅ぼされたわけでもありません。物語のカメラが荒野と宇宙へ飛び去ってしまったあいだも、地方の小さな村で、たぶん今日も普通に暮らしている。そう考えるのが、原作の描写にいちばん忠実な結論だと私は思います。


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