前話其之二十三「ドラゴンチーム解散」では、仲間たちがそれぞれの道を歩み始め、悟空はじっちゃんの形見である四星球を探す旅に出ました。
ブルマやヤムチャたちと別れ、筋斗雲に乗ってひとりで飛び立った悟空。その旅路の最初の目的地は、かつて筋斗雲をくれた恩人——亀仙人のもとでした。
本話「亀仙人の修業料」は、ドラゴンボール探し編(ピラフ編)から亀仙流修業編への橋渡しとなるエピソードであり、物語の「第二章」の幕開けを告げる重要な一話です。
其之二十四「亀仙人の修業料」のあらすじ
四星球を探す旅の途中、悟空は亀仙人の住むカメハウスを訪れます。
到着した悟空が目にしたのは、テレビでエアロビクスの番組を食い入るように見つめる亀仙人の姿でした。画面に映るぴちぴちギャルの体操に夢中になっている亀仙人は、悟空が耳元で叫ぶまでその存在に気づきません。
番組が終わり、ようやく悟空に気づいた亀仙人が立ち上がると——そこには腹いっぱいになった悟空とカラッポの冷蔵庫が。1週間分の食料を悟空が全部食べてしまっていたのです。氷やバターまで食い散らかすという、悟空の底なしの食欲がここでも遺憾なく発揮されています。
悟空は亀仙人に弟子入りを志願します。亀仙人はかつて悟空の育ての親・孫悟飯を弟子にしていた縁もあり、悟空の才能を認めて弟子入りをすぐには承諾しません。亀仙人が出した弟子入りの条件が問題でした。
「ぴちぴちギャルをここに連れてこい!!」
亀仙人としては、ドラゴンボール探しの旅でずっと一緒だったブルマ——つまり「ぱふぱふ娘」が来ることを期待していたのですが、悟空がひとりで来たことを知って落胆。その代わりに新しい「ぴちぴちギャル」を連れてくるよう要求したのです。

「ぴちぴちギャルってなんだ?」と尋ねる悟空に、亀仙人は説明を試みますが、悟空の理解はかなり独特。亀仙人はさらに「ガキすぎてもババすぎてもダメ」「むっちりがベスト」と条件を追加しますが、悟空にはまるで通じません。
とにかく悟空は筋斗雲に乗ってぴちぴちギャル探しに出発します。
その間、亀仙人はギャルを迎えるための準備に余念がありません。ネクタイにスーツに着替え、冷えたワインとグラスを用意し、ムードのある音楽をかけ、クローゼットを開けてオシャレな甲羅を選ぶ。このクローゼットの中にびっしりと並んだデザイン違いの甲羅こそ、亀仙人の隠れたこだわりポイントであり、鳥山先生のギャグセンスが光る名場面です。

ところが、悟空が連れてきたのは亀仙人の期待とは大きく異なるタイプの女性——豪快な体格のギャルだったのです。
亀仙人が思い描いていた「むっちりとした若い娘」とはあまりにかけ離れたこの人選に、亀仙人は頭を抱えることになります。悟空にとっては「イキのいい女の人」という条件を忠実に守った結果なのですが、亀仙人の求める「ぴちぴちギャル」の定義とは根本的にズレていた——このすれ違いが、第24話最大のオチとなっています。
この話はここで幕を閉じ、続く其之二十五「ライバル?参上!!」以降で、クリリンの初登場や、ランチとの出会いへと繋がっていくことになります。
「ぴちぴちギャル」の解釈をめぐるドタバタ
この第24話の面白さの核心は、「ぴちぴちギャル」というたった一言をめぐる、悟空と亀仙人の壮絶なすれ違いにあります。
亀仙人にとっての「ぴちぴちギャル」とは、自分好みの若くてかわいい女の子です。むっちりしていて、はつらつとしていて、なによりセクシーであること。300年以上の人生で培われた趣味嗜好が、この四文字に凝縮されています。
一方の悟空は、まず「ぴちぴちギャル」という言葉自体を知りません。亀仙人の説明を聞いた結果、悟空の脳内で組み上がった定義は極めてシンプルなもの——「イキのいいやつ」程度のものです。だから悟空は、がたいのでかい豪快な女性を自信満々に連れてきてしまう。「イキがいい」という条件は十分に満たしているからです。

このすれ違いは、単なるギャグを超えて、少年悟空というキャラクターの本質を浮き彫りにしています。
悟空には「性的な魅力」という概念がまったく存在しない。山奥で育ち、じっちゃんとしか暮らしたことのない悟空にとって、人間の外見的な「美」の基準は未知の領域です。ブルマと初めて出会ったときに、男女の区別すらつかなかった悟空です。「ぴちぴちギャル」の本当の意味を理解できるはずがありません。
カメハウスの小道具に宿る鳥山明の遊び心
この第24話で地味に注目すべきは、鳥山先生お得意の「背景の小ネタ」です。
亀仙人の冷蔵庫には「PENGUIN3(ペンギンさん)」という架空のメーカーロゴが描かれていたり、亀仙人の胸には「PENNZOIL(ペンゾイル)」のワッペンが貼られていたりといった細かい描き込みが目立ちます。

ペンゾイルは実在するアメリカの潤滑油メーカーで、モータースポーツのスポンサーとして有名な企業です。カメハウスで隠居生活を送るエロじじいの胸にモータースポーツのロゴがあるというシュールさは、鳥山先生ならではのセンスでしょう。
さらに、亀仙人のテレビの下にはビデオコレクションが並んでおり、「グーニーズ」「ZZトップ」「タニア・ロバーツ」「プレイメイト」といった、明らかに1980年代の洋画・洋楽・グラビア文化を反映したタイトルが確認できます。これは鳥山先生自身のアメリカ文化への親しみの表れであると同時に、亀仙人というキャラクターの「趣味嗜好」を小道具で語るという、極めて映画的な演出手法です。
こうした背景の描き込みは、当時の週刊連載では見落とされがちだったかもしれません。しかし単行本やデジタル版で拡大して読み返すと、鳥山先生がいかに1コマ1コマに情報量を詰め込んでいたかがわかります。ドラゴンボールの「読み返し」がこれほど楽しい作品である理由の一端は、間違いなくこうした小ネタの豊かさにあるのです。
「冒険もの」から「修行もの(バトル漫画)」へ——ジャンル転換の起点
前回の考察(第23話)でも触れましたが、ドラゴンボールは第23話までの「冒険もの」から、第24話以降の「修行もの」へと大きく舵を切ります。この第24話は、まさにそのジャンル転換が実行された最初の一話です。
このジャンル転換の背景には、連載当時の人気低迷がありました。担当編集者の鳥嶋和彦氏が「主人公が地味だ」と指摘し、修行編と天下一武道会という「強さを追い求める物語」へ方向転換させた結果、ドラゴンボールの人気は爆発的に上昇していきます。
しかし、この第24話を読む限り、鳥山先生はジャンル転換を「急激に」行ったわけではありません。亀仙人のエアロビ鑑賞、ぴちぴちギャル探し、がたいのでかいギャルの登場、おしゃれ甲羅のクローゼット——この回の大半はギャグで構成されています。
修行を始めるための準備段階ですら、こうしたギャグを丁寧に積み重ねている。これこそが鳥山先生の物語術の真髄であり、「格闘漫画」になってもなおドラゴンボールがギャグ漫画としての魅力を失わなかった理由だと思います。
重要なのは、この第24話で悟空が「強くなりたい」という明確な目的意識を持って亀仙人に弟子入りを志願している点です。
ドラゴンボール探しの旅では、悟空の行動原理は「じっちゃんの形見を集めたい」「仲間と一緒に冒険したい」という、やや受動的なものでした。しかしここからは「武術を学びたい」「もっと強くなりたい」という能動的な欲求が悟空を動かしていきます。
この動機の変化は、後の天下一武道会、レッドリボン軍編、ピッコロ大魔王編、そしてサイヤ人編以降の「限界を超え続ける悟空」の原点そのものです。
第24話の悟空はまだ「ぴちぴちギャルってなんだ?」と首をかしげている呑気な少年ですが、亀仙人の門を叩いたこの瞬間から、「武道家・孫悟空」としての人生が始まったと言っても過言ではありません。
亀仙人と孫悟飯の師弟関係が生む「運命の連鎖」
見落とされがちですが、亀仙人が悟空を弟子にすることを快諾した理由は、単に悟空の才能を見抜いたからだけではありません。
悟空の育ての親・孫悟飯は、亀仙人のかつての弟子(一番弟子)だったのです。
亀仙人は、弟子の孫悟飯がこの世を去った後、その孫悟飯が拾い上げて育てた少年が自分のもとを訪ねてきたことに、ある種の「因縁」を感じたのではないでしょうか。
師匠の師匠に弟子入りする——この構図は、武道の世界では「正統な継承」を意味します。亀仙人から孫悟飯へ、孫悟飯から悟空へ、そして悟空は後に自身の息子・悟飯やウーブに武道を伝えていくことになる。第24話は、この「亀仙流の系譜」が正式に次世代へと繋がった瞬間でもあるのです。
さらに興味深いのは、亀仙人が悟空に渡したアイテムの数々が、すべて後の物語で重要な役割を果たしている点です。
第4話で筋斗雲を、フライパン山編で如意棒の由来を明かし、そしてこの修行編以降は亀仙流の道着と、かめはめ波という「奥義」を授けることになります。
悟空が物語を通じて身につけているアイコニックなアイテム——筋斗雲、如意棒、亀仙流の道着、かめはめ波——のすべてが、亀仙人を起点としているのです。
いかに亀仙人が悟空の人生において決定的な存在であるかが、改めてわかります。
「修業料」の本当の意味
最後に、タイトルの「修業料」について改めて考えてみたいと思います。
通常、武道の師匠が弟子に求める修業料といえば、金銭か、あるいは精神的な覚悟——たとえば「厳しい修行に耐える意志はあるか」といった問いかけが想像されます。
しかし亀仙人が要求したのは「ぴちぴちギャル」でした。これだけ聞くと、ただのスケベじじいの戯言です。
しかし、後の展開を知った上で読み返すと、この「修業料」には意外な合理性が見えてきます。
第24話で悟空はがたいのでかいギャルを連れてきて失敗しますが、この失敗が次話以降でのクリリンの登場に繋がります。亀仙人は悟空にもう一人の弟子志願者と一緒に探しに行くよう指示を出し、それがクリリンとの出会いの起点になる。そして悟空とクリリンの二人がかりで、最終的にランチ(くしゃみで性格が変わる二重人格の女性)をカメハウスに連れてくることになるのです。
つまり、亀仙人のスケベ心がなければ、クリリンとの出会いもランチの登場もなかった——と考えると、このエロじじいの欲望は物語上極めて重要な触媒として機能していることになります。
ウーロンの「ギャルのパンティ」の願いがヤムチャとブルマの交際に繋がったように、亀仙人の「ぴちぴちギャル」の要求が、悟空にとってかけがえのない人間関係の起点になっている。
鳥山先生はスケベなギャグを描いていただけかもしれませんが、その結果として物語は見事に前進しているのです。
次話「ライバル?参上!!」では、ついにクリリンが初登場します。
坊主頭に額の六つの点、そしてエロ本を手土産に亀仙人への弟子入りを志願するという衝撃のデビュー。
悟空にとって最初のライバルであり、やがて「無二の親友」となっていくクリリンとの物語が、いよいよ始まります。

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