前回(其之三十四)では、悟空・クリリン・ヤムチャがそれぞれ予選を突破し、本戦出場という大きな関門を越えました。長い旅を経て、いよいよ修行の成果を試す舞台が整ったわけです。
そして迎えた今回、其之三十五「対戦決定!!」。タイトルが示すとおり、この回の主役は派手な必殺技でも壮絶な打ち合いでもなく、「対戦カード」そのものです。
今回はこの一話を、あらすじと考察の両面からじっくり掘り下げてまいります。
あらすじ:本戦出場八名、ついに武舞台へ集う
熾烈な予選を勝ち抜いた八名の猛者が、ついに本戦の舞台に顔をそろえます。その顔ぶれは、悟空・クリリン・ヤムチャという見知った面々に加え、ナム、ギラン、バクテリアン、ランファン、そして謎の老武道家ジャッキー・チュンという、実に個性豊かな八名でした。
水不足に苦しむ故郷の村を救うため、賞金を目当てに大会へやって来た僧侶ふうの武道家ナム。凶暴な怪獣然とした風貌のギラン。生まれてから一度も風呂に入ったことがないという、強烈な悪臭を武器にする巨漢バクテリアン。妖艶な色香を漂わせる女性格闘家ランファン。
そして――誰も素性を知らない、白髪頭の老人ジャッキー・チュン。

悟空たちにとっては初めて見る顔ぶればかりで、観客にとっても「いったいどんな戦いになるのか」と期待が高まる布陣です。
ここで重要なのは、この八名がそろった瞬間こそが、物語の質が大きく切り替わる節目だということです。それまで自由気ままに各地を巡っていた冒険譚が、ここから先は「武舞台」という限られた四角い空間の中で、ルールに則って雌雄を決する勝ち抜き戦へと姿を変えていくのです。
謎の老人ジャッキー・チュン、ここに初登場
本話で見逃せないのが、後に大会の鍵を握ることになるジャッキー・チュンの初登場です。
連載当時でも勘のいい読者なら、サングラスを外し、つるりとした頭にはカツラ、身にまとうのは黒いカンフー服。陽気で飄々とした立ち居振る舞いの、どこか食えない印象の老武道家の姿を思い浮かべたのではないでしょうか。しかし、悟空もクリリンも、そしてヤムチャやブルマも、この人物の正体には気づきません。
長年のドラゴンボールファンであれば、この登場シーンに思わずニヤリとさせられるはずです。

本話の時点では、彼が何者であるかは作中で明かされていません。あえて素性を伏せたまま八名の一角として滑り込ませる――この謎の投入が、トーナメント全体に絶妙な緊張感と引っ掛かりをもたらしています。読者の頭の片隅に「この老人は何者なのか」という小さな疑問符が植え付けられ、それが大会を通じて少しずつ膨らんでいく仕掛けになっているのです。一話の中に、こうした後を引く謎をさらりと忍ばせる構成力は、さすが鳥山明先生というほかありません。
ルール説明という名のユーモア
本戦に先立ち、おなじみの天下一武道会アナウンサーによってルールが説明されます。金髪オールバックにサングラスという、初登場時から強烈な存在感を放つあの司会者ですね。
彼はジェスチャーを交えながら、武器の使用は禁止、目つぶしのような卑怯な攻撃は反則、といった大会の決まりを観客と選手にわかりやすく伝えていきます。注目したいのは、その説明の中で、急所――いわゆる「キンタマ」を攻撃してはならない、と実にあけすけな言葉で語られる場面です。

シリアスな大会のルール説明であるはずなのに、こうした直球の表現がさらりと差し込まれるあたりに、初期ドラゴンボールならではの大らかでギャグ寄りの空気が色濃く残っています。
後年の、命を懸けた壮絶なバトルが主軸となっていく作風からは想像しにくい、ゆるくも楽しい味わいです。この一話が、緊張感のある勝ち抜き戦の導入であると同時に、まだギャグ漫画としての顔も併せ持っていたことを物語る、象徴的なくだりだと言えるでしょう。
くじ引きが決める、運命の対戦カード
そして本話のクライマックスが、対戦カードを決めるくじ引きです。シードもなければ、強さによる組み分けもありません。八名がそれぞれ運に身を委ね、誰と最初にぶつかるかが純粋な”くじ運”で決まっていきます。
その結果として組まれた一回戦のカードが、以下の四試合です。
- クリリン 対 バクテリアン
- ジャッキー・チュン 対 ヤムチャ
- ナム 対 ランファン
- 孫悟空 対 ギラン
話の最後には、この組み合わせを示すトーナメント表が、ページいっぱいに大きく掲げられます。
ここがまた心憎い演出で、ただの無機質な対戦表ではなく、それぞれの選手の似顔絵に個性がにじみ出ているのです。
バクテリアンの周りにはハエが飛び交い、悟空の口元にはご飯粒がついている――。
一枚の図版の中に、各キャラクターの”らしさ”がぎゅっと凝縮されており、これから始まる大会への期待を否応なく高めてくれます。「対戦決定!!」というタイトルが、この一枚の絵で見事に回収される締めくくりとなっています。
なぜくじ引きでなければならなかったのか
ここからは、本話をより深く味わうための考察に入ってまいります。
まず注目したいのは、対戦カードが「実力順」でも「シード制」でもなく、完全な運で決められた点です。現代のスポーツ大会の感覚からすれば、有力選手同士が序盤で潰し合わないよう調整するのが一般的でしょう。しかし天下一武道会は、本大会以降も基本的にそうした配慮を一切しません。
(ブウ編の第25回天下一武道会では、優勝者が現チャンピオンのミスターサタンと闘う事ができるというルールになっていましたが。)
これは物語上、絶大な効果を生んでいます。くじ運次第では、見せ場を作るべき主人公格の選手が一回戦であっさり強敵と当たってしまう可能性すらある。
その何が起こるかわからない感覚こそが、トーナメントという形式の最大の魅力です。読者は「次は誰と誰が当たるのか」「この組み合わせなら勝てるのか」と、自分の頭で勝敗を予想しながらページをめくることになります。
鳥山先生がこの一話を、あえて戦闘なしの組み合わせ決めだけで一話分使ったのは、この「予想する楽しみ」を読者にたっぷり味わわせるための、いわば助走だったと考えられます。
対戦カードが出そろった瞬間の、あのワクワク感。それを最大化するための丁寧な仕込みが、本話には詰まっているのです。
四つのカードが内包するドラマ性
決まった四試合を改めて眺めると、それぞれが異なる見どころを予感させる、絶妙な配分になっていることに気づきます。
クリリン対バクテリアンは、悪臭という一風変わった武器にクリリンがどう立ち向かうのか、という知恵比べの構図。
ナム対ランファンは、色香で惑わそうとする搦め手に対し、村のために戦う求道者ナムがいかに精神を保つのか、という心の強さが問われる一戦。
孫悟空対ギランは、怪獣のような怪力を相手に、悟空の規格外の強さがどこまで通用するのかという、力と力のぶつかり合い。
そして極めつけがジャッキー・チュン対ヤムチャです。
素性の知れぬ老人と、かつて荒野の盗賊だった青年。この一見ミスマッチに見える組み合わせの裏に、どれほどの実力差が潜んでいるのか――。謎の老武道家がこの初戦でどんな戦いを見せるのかは、本話の段階では一切描かれません。だからこそ、読者の興味はいっそうかき立てられます。
おわりに
其之三十五「対戦相手決定!!」は、第21回天下一武道会という一大イベントの幕開けを告げる、静かながらも熱量に満ちた一話でした。
八名の出場者がそろい、ユーモアたっぷりのルール説明を経て、くじ引きによって運命の対戦カードが決定する。そして謎の老武道家ジャッキー・チュンが、何食わぬ顔で物語に滑り込む――。
戦いそのものはまだ始まっていません。しかし、これから繰り広げられる数々のドラマの種が、この一話にはぎっしりと蒔かれています。
トーナメント表という設計図が完成した今、いよいよ次回からは一回戦の火蓋が切られます。最初に武舞台へ上がるのは、クリリン。果たして、彼を待ち受ける相手の”武器”とは。続きが楽しみでなりませんね。


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