ドラゴンボール 第42話のあらすじ考察「大攻防戦!」

ストーリー
引用元 ドラゴンボール 集英社

前回、其之四十一「クリリン対ジャッキー・チュン」では、8ヶ月の亀仙流修行を積んだクリリンが、あのジャッキー・チュンにまさかの善戦を見せました。しかしジャッキーがほんの少し本気を出した瞬間、クリリンはまったく見えないパンチを喰らい、壁まで吹き飛ばされてしまいます。

今回取り上げる其之四十二「大攻防戦!」は、その続きにあたるエピソードです。そしてこの回は、単なる試合の続きではありません。「速すぎて絵に描けない戦闘」を、どうやって読者に納得させるかという、バトル漫画にとって根源的な難題に、鳥山明先生が真正面から、しかも最高にふざけた形で答えを出した回なのです。
今回はそのあたりをじっくり掘り下げていきます。

其之四十二「大攻防戦!」のあらすじ

壁に叩きつけられ、座り込んだままのクリリン。鼻血を垂らしながら、あのパンチがまるで見えなかったことに愕然としています。
そこへ壁越しに顔を出した悟空が、こともなげに言い放ちます。自分には見えた、と。

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これは、後のドラゴンボールで何度も繰り返されることになる構図の原型です。同じ師匠のもとで同じ8ヶ月を過ごしたはずの二人が、同じ攻撃を前にして「見えた者」と「見えなかった者」に分かれてしまう。読者はここで、悟空とクリリンのあいだに横たわる、努力では埋まらない何かをはっきりと突きつけられます。

見えるようになったクリリン、そして一瞬の交錯

しかしクリリンは折れません。立ち上がり、ジャッキーの一挙手一投足に神経を集中させます。
「わしの速さについてこられるのは久しぶりだ」と唸るジャッキーに対し、クリリンは「あの武天老師様の弟子なんだから当然だ」と胸を張ります。自分が誰の弟子であるかを誇るクリリンが、目の前にいるその武天老師本人に向かってそう言っている。この構図の可笑しさと切なさが、この回の隠し味になっています。

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そしてジャッキーが動いた瞬間──クリリンは「みえた」と口にするのです。二人は激突し、次のコマではもう距離を取って着地している。観客もアナウンサーも、何が起きたのかまったく理解できません。ただ悟空だけが、その全部を見ています。

8カウント──クリリンの意地

再び二人が交錯します。今度は着地したあと、クリリンがうつ伏せに倒れ込みました。
アナウンサーのカウントが始まります。天下一武道会は10カウントで敗退。悟空の声援が飛ぶなか、クリリンは8カウントで立ち上がりました。ジャッキーは内心で「どうやら真面目に修行したようじゃのう」と、弟子の成長を静かに認めています。

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そして、伝説の”実演”が始まる

ところが、ここで試合が中断されます。アナウンサーが我慢できずに口を挟むのです。「今の攻防、いったい何が起きたんですか?」

そして二人は、驚くべきことにこの要求に応じます。武舞台の上で、超高速で行われた攻防を、スローモーションで再現実演し始めるのです。

その内容がこちら。

  1. ジャッキーがクリリンに蹴りを放つ
  2. クリリンは頭を下げてかわし、パンチを返す
  3. ジャッキーがクリリンの顔にツバを吐きかけ、クリリンがひるむ
  4. ジャッキーが左で攻める
  5. クリリンが鼻くそを飛ばして応戦、ジャッキーがひるむ
  6. 両者が思案する
  7. ジャッキーの提案でじゃんけん。チョキがパーに勝つ
  8. ジャッキーが「あっちを見ろ」と指をさし、クリリンが振り向いた隙に跳躍
  9. ジャンプ部分の再現はアナウンサーがジャッキーを抱え上げて担当
  10. ジャッキーがクリリンの後頭部を蹴り、背を向けて着地
  11. 蹴られたクリリンは空中で一回転。この回転もアナウンサーがクリリンを抱えて回して再現
  12. 背中合わせに着地し、クリリンが倒れる

これが、ほんの一瞬の出来事だった──アナウンサーは絶句します。

秘密兵器

試合が再開されます。クリリンには、この戦いのために用意していた秘密兵器がありました。懐から取り出したのは、女性もののパンティ。それを武舞台の中央に放り投げます。
ジャッキー・チュンは、迷いなく飛びつきました。

がら空きになった相手に、クリリンの渾身の蹴りが炸裂。ジャッキー・チュンは大きく吹き飛ばされます。「クリリン選手の勝利は確実か!」──アナウンサーの絶叫を残して、この回は幕を閉じます。

引用元 ドラゴンボール 集英社

描かない戦闘を”実演”で見せるという発明

この回の白眉は、間違いなく「攻防の再現実演」です。
バトル漫画には、避けて通れないジレンマがあります。キャラクターが強くなればなるほど、その動きは「絵にできない」ものになるという問題です。速すぎる攻防を丁寧に描けば速く見えない。かといって省略すれば、読者は何が起きたのかわからない。

鳥山先生がここで出した答えは、実に鮮やかでした。攻防そのものは1〜2コマで省略し、そのあとで登場人物自身に”再生”させるのです。読者は、省略された空白に何が詰まっていたかを、事後的に、しかも詳細に知ることになります。

しかもこの手法には、速さの説得力という副産物があります。これだけの手数が「一瞬」に収まっていたという事実が、時間を圧縮して読者に体感させるのです。もし同じ攻防を通常のコマ運びで描いていたら、絶対にこの速度感は出ません。

そして忘れてはいけないのが、この画期的な演出装置が、まるごとギャグとして提供されているという点です。読者は笑いながら、いつのまにか二人の速度を理解させられている。この「説明を笑いで飲み込ませる」バランス感覚こそが、初期ドラゴンボールの真骨頂だと思います。

アナウンサーという名の”読者代表”

この実演を成立させているのは、あのアナウンサーです。
彼の役割は、天下一武道会編を通じて一貫しています。戦いについていけない一般人として、読者が抱く疑問をそのまま口に出すこと。「今、何が起きたんですか?」という彼の問いは、そのまま読者の問いなのです。

さらにこの回では、アナウンサーは質問役にとどまりません。ジャッキーを抱え上げてジャンプを再現し、クリリンを抱えて空中回転を再現するという、体を張った小道具役まで務めさせられます。マイク一本で天下一武道会を支えるこの男が、なぜか試合の再現ドラマの助手にされている光景は、何度読んでも笑ってしまいます。
彼が「無冠の名脇役」としてファンから愛され続けている理由が、この回には凝縮されています。

じゃんけんと「あっち向いてホイ」が武術の本質を突いている件

再現の中盤、超高速の攻防のさなかに二人がじゃんけんをし、さらに「あっちを見ろ」で相手の意識を逸らすという展開があります。もちろん第一義的にはギャグです。しかし、これがただのギャグで終わっていないところが面白い。

じゃんけんは読み合いです。相手が何を出すかを予測し、裏をかく。そして「あっち向いてホイ」はフェイントそのもの。相手の注意を意図的に別方向へ誘導し、生まれた隙を突く。

つまりこの一連の流れは、武術における駆け引きの本質を、日本の子どもなら誰でも知っている遊びに翻訳したものなのです。技の名前も気の理論も出てこないのに、読者は「達人同士の戦いには読み合いがある」という感覚を、笑いながら受け取っている。

このあとドラゴンボールは、残像拳、気の探知、瞬間移動といった高度な駆け引きの世界へ進んでいきます。その最初の一歩が、じゃんけんとあっち向いてホイだったというのは、なかなか味わい深い事実ではないでしょうか。

鼻のないクリリンが、鼻血を出して鼻くそを飛ばす問題

さて、ファンのあいだで長く語り継がれてきた矛盾に触れないわけにはいきません。
クリリンには鼻がありません。これは飾りでも設定資料の中だけの話でもなく、其之三十四のバクテリアン戦において、「鼻がないから悪臭が効かない」ことが勝利の直接的な要因として描かれた、物語上きわめて重要な設定です。

ところがこの回、クリリンは冒頭で鼻血を流し、さらに実演の中で鼻くそを飛ばしています。
正直に言えば、これは矛盾です。しかも数年前の細かい描写ではなく、たった1ヶ月ほど前に読者を沸かせたばかりの勝因を、あっさり忘れている形になります。週刊連載という尋常でないペースを思えば無理からぬこととはいえ、ドラゴンボール屈指の有名な”やらかし”として語り継がれているのも納得です。

引用元 ドラゴンボール 集英社

ただ、キャラクター造形という観点から見ると、話は少し違ってきます。ツバを吐き、鼻くそを飛ばし、パンティで相手を釣る──この回のクリリンの戦い方には、みごとなまでに一貫性があります。
彼は最初から「勝つためなら手段を選ばない男」なのです。
多林寺での修行時代から要領のよさで生き抜いてきたクリリンにとって、これは卑怯でも何でもなく、単に合理的な戦術です。真正面からぶつかっていく悟空とは対照的な、このしたたかさこそがクリリンというキャラクターの核であり、後年の気円斬や太陽拳の使い手としての姿にもまっすぐ繋がっていきます。

矛盾は矛盾として、しかしその矛盾のあるコマですら、キャラクターの本質を語ってしまっている。ここがこの回の不思議な魅力です。

クリリンは、いつパンティを用意したのか

最後に、この回最大のツッコミどころにして最大の謎について。クリリンは、いつ、どうやってパンティを手に入れて、懐に忍ばせていたのか。作中に説明は一切ありません。
ここで、ひとつはっきりさせておきたいことがあります。この作戦をクリリンがとることができたのは、クリリンがジャッキーの正体に感づいていたからではないということです。

というのも、クリリンはこの同じ回で、ジャッキー本人を目の前にして「あの武天老師様の弟子なんだから当然だ」と胸を張っているからです。
この台詞は、武天老師を「ここにはいない、自分が誇るべき師匠」として語ったものであり、目の前の相手と同一人物だと疑っている人間の口から出るものではありません。正体に感づいていたとする読みは、この回のクリリン自身の言葉と真正面から矛盾してしまいます。

では、なぜパンティなのか。答えはもっと単純で、そしてクリリンらしいものです。これまでのジャッキー・チュンの言動を観察した結果、「武天老師様と同じ種類のスケベな老人だ」と見抜いていたからです。師匠と同じ弱点を持つ別人だと判断したからでしょう。

そしてこの発想は、クリリンの中では決して突飛なものではありません。彼はこの武道会で、ナム対ランファンの試合を最前列で見ています。
ランファンが色仕掛けでナムの動きを止めてみせた、あの一戦です。目の前で有効性が実証された戦術を、自分の対戦相手の性格に合わせて応用する。クリリンは、それができる男でした。

そして何より重要なのは、この作戦が実際に決まったという事実です。パンティは冗談の小道具ではなく、この試合においてクリリンが放った最も有効な一撃でした。武術の実力ではまるで届かない相手に、人格的な弱点を突くことで届かせる。正体を知らないまま、師匠の急所を正確に撃ち抜いてしまったわけです。

もっとも、読者だけは事情を知っています。だからこそ、迷いなくパンティに飛びついた老武道家の姿は、ジャッキー・チュンという変装にとって決定的なほころびとして映るのです。

まとめ

其之四十二「大攻防戦!」は、実時間にすればおそらく数秒に満たない攻防に、まるまる1話を費やした贅沢な回です。

しかしそこには、

  • 「見えるようになる」という成長描写の原型
  • 省略した戦闘を事後に再生して見せる、速度表現の発明
  • 読者代表としてのアナウンサーという装置の完成
  • 駆け引きを遊びに翻訳するユーモア
  • 勝つためなら何でもやる、クリリンという男の輪郭

これだけのものが詰め込まれています。ギャグ漫画としての初期ドラゴンボールと、後のバトル漫画としてのドラゴンボールが、最も幸福な形で同居している回のひとつだと言っていいでしょう。

そして物語は、吹き飛ばされたジャッキー・チュンを追いかけます。次回、其之四十三「謎のジャッキー・チュン」。場外に飛ばされたはずの老武道家が見せる”あの技”によって、彼の正体をめぐる疑惑は決定的な段階へと進んでいきます。

続きは次回、じっくり考察していきましょう。

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