ドラゴンボール 第128話のあらすじ考察「天下一のスーパーバトル」

ストーリー
引用元 ドラゴンボール 集英社

前話其之百二十七「クリリンの作戦、悟空の作戦」では、準決勝で悟空がクリリンとの激闘を制し、決勝への切符を手にしました。もう一方の準決勝では天津飯がジャッキー・チュンを撃破し、いよいよ亀仙流vs鶴仙流の最終決戦が幕を開けます。

其之百二十八「天下一のスーパーバトル」は、第22回天下一武道会の決勝戦——孫悟空対天津飯の開戦を描いた一話です。

このエピソードは、タイトルに「スーパーバトル」という言葉が冠されている通り、ここまでの天下一武道会とは明らかに次元の異なる戦いが始まることを宣言するかのような一話になっています。しかし、その結末は悟空がまさかの大ピンチで幕を閉じるという衝撃的な展開でした。

今回は、この一話で描かれた内容を丁寧に追いかけながら、鳥山明先生の演出と物語構成の妙を読み解いていきたいと思います。

182人から2人へ——アナウンサーの煽り

話の冒頭は、天下一武道会のアナウンサーの実況から始まります。
第22回天下一武道会は182名の参加者から始まり、予選と本戦を経て、ついに残ったのはたったの2人。天津飯と孫悟空。アナウンサーがこの事実を観客に向かって高らかに告げるシーンからこの話はスタートします。

「182人から2人へ」。この数字の対比が、決勝戦の重みを端的に伝えています。ドラゴンボールの天下一武道会は本戦出場がわずか8人。その8人にすら入れなかった174人の武道家たちの屍の上に、この2人は立っているのです。アナウンサーの実況は、単なる場面転換の役割を超えて、この戦いが「世界最強を決める一戦」であることを読者の意識にしっかりと刻み込む機能を果たしています。

亀仙人、選手控え裏に潜り込む

決勝戦の開始直前、亀仙人がとった行動が面白い。
準決勝でジャッキー・チュンとしての戦いを終えた亀仙人は、もっと近くで決勝戦を見たいと考え、観客席を掻き分けて武舞台の裏側——本来は選手しか入れないエリアに潜り込みます。そこにはすでにクリリンが控えており、「ここは選手しか入っちゃいけないんですよ」と注意しますが、亀仙人はまったく気にしません。

このシーンは軽いギャグとして描かれていますが、実は亀仙人の師匠としての深い思い入れを示す描写でもあります。自分の弟子である悟空が、ライバル流派の鶴仙流の筆頭弟子と激突する。しかも相手は、つい先ほどまで自分が戦っていた天津飯です。亀仙人にとって、この決勝戦は他人事ではいられない一戦なのです。

亀仙人がクリリンに対して「よく見ておけ」と促す描写も印象的です。これは単に「面白い試合だから見逃すな」という意味ではなく、「お前にとっても学びになる戦いだ」という師匠としてのメッセージでしょう。亀仙人は戦いの技術だけでなく、武道家としての在り方を常に弟子たちに伝えようとするキャラクターであり、このさりげない一言にもその姿勢が表れています。

鶴仙人の思惑——桃白白の仇

一方、観客席では鶴仙人と餃子が決勝戦の開始を見守っています。
鶴仙人は内心で、天津飯が亀仙人の弟子に負けるわけにはいかないと考えていました。その理由として挙げられているのが、弟の桃白白(タオパイパイ)の存在です。悟空によって倒された桃白白の仇を討つためにも、天津飯は勝たなければならない——鶴仙人はそう考えているのです。

ここで注目すべきは、鶴仙人にとってこの決勝戦が「天津飯個人の栄光」ではなく、「鶴仙流の面子と桃白白の復讐」という文脈で捉えられている点です。天津飯の勝利は、鶴仙人にとってはあくまで「流派の勝利」であり、「弟の仇討ち」なのです。

この鶴仙人の思惑は、天津飯自身が後にこの枠組みから脱却していく伏線として機能しています。鶴仙人が天津飯に託している「期待」と、天津飯自身がこの戦いの中で見出していく「意味」が徐々にずれていく——そのズレの始まりが、この決勝戦の開始時点ですでに示唆されているわけです。

試合開始——しっぽを使った奇襲

アナウンサーの合図と共に、ついに決勝戦が始まります。
先手を取ったのは悟空。武舞台を蹴って天津飯に飛びかかり、打撃を繰り出します。しかし天津飯はこれを冷静にブロック。続いて天津飯が蹴りで反撃しますが、悟空はこの蹴りを飛び越えると、なんとしっぽを天津飯の脚に絡みつかせます。

しっぽを軸にして天津飯の脚の周りをくるりと回り込んだ悟空は、そのまま勢いをつけてアッパーカットを叩き込みます。この一撃で天津飯は武舞台の中央まで吹き飛ばされます。

このしっぽを使った攻撃は、悟空ならではの独創的な戦い方を象徴するシーンです。第21回天下一武道会では、しっぽは悟空の致命的な弱点として描かれていました。握られると力が抜けてしまうという設定があったのです。しかし、その後の修行を経てしっぽの弱点を克服した悟空は、ここでは逆にしっぽを「武器」として活用しています。

弱点だったものを強みに変える——この発想の転換は、まさに武道家としての成長を体現するものであり、鳥山先生がしっぽという設定を単なるビジュアル要素としてではなく、物語とバトルの両方に活かしているのが分かる好例です。

どどん波の直撃——天津飯、空中からの反撃

アッパーカットで吹き飛ばされた天津飯ですが、さすがは決勝まで勝ち上がってきた実力者。ほとんどダメージを受けた様子もなく、すぐさま空中で体勢を立て直すと、武舞台を蹴って上空に飛び上がります。

ここで天津飯は舞空術を使って空中に留まり、上空から悟空を見下ろす形をとります。悟空はジャンプキックで追撃を試みますが、天津飯はここでどどん波を発射。鶴仙流の基本技であるどどん波が悟空に直撃し、悟空は武舞台のタイルを突き破り、地中深くに沈んでしまいます。

このシーンで重要なのは、天津飯が舞空術——すなわち空を飛ぶ能力を持っているという点です。この時点のドラゴンボールの世界において、自力で空中に浮遊できる戦士は極めて少数でした。悟空は筋斗雲がなければ空を飛べませんし、かめはめ波の反動で少しだけ浮く程度のことしかできません。

つまり、空中戦において天津飯は圧倒的なアドバンテージを持っているのです。「地上の格闘では互角でも、空中においては天津飯に分がある」という構図がここで提示されており、これは後の展開で武舞台が消し飛んだ後の空中での決着でも同様の展開が見られます。

悟空の戦法を見切る天津飯

どどん波の直撃を受けたにもかかわらず、悟空は武舞台の下からしぶとく飛び出してきます。このタフネスも悟空の持ち味でしょう。

体勢を立て直した悟空は、武舞台を蹴って天津飯に向かって果敢に突進します。ここで悟空が繰り出したのが、準決勝のクリリン戦でも使用した超高速移動による残像拳にも似た戦法です。あまりの速さに姿が消えたように見える——クリリン相手には有効だったこの技を、悟空は天津飯にも仕掛けました。
しかし、天津飯はこれをあっさりと見切ります。

引用元 ドラゴンボール 集英社

悟空の動きを三つ目で的確に捉え、正確なタイミングで強烈な横なぎの一撃を悟空のほほに叩き込んだのです。天津飯は悟空に向かってこう言い放ちます。

「そんな子どもだましが、このオレに通用すると思うか!!」

このセリフは、天津飯の実力を端的に示すものです。クリリンでは対応できなかったスピードを、天津飯は難なく見切ってみせた。この時点での天津飯の実力が悟空を上回っていることが、バトル描写を通じて明確に伝わってきます。
悟空の戦法があっさりと見切られてしまうことは、師である亀仙人にとっても予想だにできなかったことだったようで、驚愕の表情を見せています。

引用元 ドラゴンボール 集英社

ここで、天津飯が悟空の動きを見切れた理由について考察してみたいと思います。天津飯には通常の人間にはない「第三の目」があります。作中で明確な説明はありませんが、この三つ目によって通常よりも広い視野と動体視力を持っているとすれば、悟空の超高速移動を捉えられたことにも納得がいきます。実際、準決勝のクリリン対悟空の試合中に天津飯が悟空の動きを目で追えていた描写がありましたが、これは天津飯が悟空の実力を認めるシーンであると同時に、実は今回のこの見切りへの伏線にもなっていたと言えるでしょう。

マシンガン拳の前に悟空なすすべなし

悟空の消える技を見切った天津飯は、ここから一気に攻勢に転じます。強烈な一撃を受けた悟空は、そのまま武舞台端の壁方向に向かって弾き飛ばされます。

引用元 ドラゴンボール 集英社

天津飯はそのまま悟空を追いかけ、悟空が壁に激突する瞬間に合わせ、肘打ちを悟空のみぞおちに入れて、武舞台の壁に激しい勢いで叩きつけます。

引用元 ドラゴンボール 集英社

そのまま壁面に張り付けにされ、身動きが取れない無抵抗状態の悟空に対して、天津飯は凄まじい突きの連打を浴びせます。この連打を見ていた亀仙人は「まるでマシンガン」と形容しています。

引用元 ドラゴンボール 集英社

「マシンガンのよう」という亀仙人の比喩は、天津飯の打撃の速度と密度を表現したものですが、同時に亀仙人自身が天津飯の実力を認めていることの証でもあります。亀仙人は先ほどまで自らの手で天津飯と戦い、その底力を肌で知っているはず。その亀仙人が驚嘆の声を上げるほどの連打を、天津飯は悟空に浴びせているのです。
そしてこの連打の後、天津飯は悟空を壁からたたき落とします。

引用元 ドラゴンボール 集英社

衝撃のラスト——中吊りにされた悟空

この話の最後のシーンは、読者に大きな衝撃を与えるものでした。
天津飯の激しい攻撃をなすすべなく受け、ぐったりと気を失ったようにみえる悟空を片手で軽々と持ち上げた天津飯は、こう語りかけます。
「天国か地獄、好きなほうにいってこい!」

引用元 ドラゴンボール 集英社

この言葉は、決勝戦の開始から数ページ、時間にしてわずか数分しか経っていないと思われる間に悟空が完膚なきまでに制圧されたことを意味しています。ここまでの天下一武道会を通じて、悟空は予選からほぼ無傷で勝ち上がってきました。準決勝のクリリン戦でも余裕すら見せていた。その悟空が、決勝戦の序盤でここまで追い詰められている——この展開は当時の読者にとって相当なインパクトがあったはずです。

しかも天津飯のこのセリフには、単なる勝利宣言を超えた不気味さがあります。「天国と地獄」という言葉は、文字通り「殺す」ことを示唆しているからです。天津飯は元々、殺し屋を目指していた男です。鶴仙人の教えの下、桃白白のような暗殺者になることを目標としていた。
しかし、このセリフは、天津飯がまだ完全にはその暗い過去から脱却していないことを示唆しています。

ここで話は次回に続くわけですが、この見事なクリフハンガーは鳥山先生の構成力を存分に発揮したものだと言えるでしょう。タイトルが「天下一のスーパーバトル」と銘打たれている以上、読者は両者の互角の激闘を期待していたはずです。ところが蓋を開けてみれば、悟空の一方的な劣勢で終わる。この「期待の裏切り」こそが、次の話を読まずにはいられない強力な推進力になっているのです。

この一話が示す「天津飯の強さ」の本質

其之百二十八を改めて振り返ると、この一話は徹頭徹尾「天津飯の強さ」を見せつけるためのエピソードだったと言えます。

悟空の攻撃をブロックする防御力。舞空術による空中からのどどん波という立体的な攻撃。悟空の超高速移動を見切る動体視力。マシンガンのような連打。そして片手で悟空を持ち上げるパワー。この一話だけで、天津飯が持つ戦闘スキルの多彩さが余すところなく描かれています。

ドラゴンボールの後半、特にサイヤ人編以降では、天津飯は主要キャラクターの中では戦力的に後れを取るポジションになっていきます。しかし、この第22回天下一武道会の時点での天津飯は、紛れもなく「悟空と互角以上に戦える最強の地球人」でした。其之百二十八は、そのピーク時の天津飯の実力を最も鮮明に描き出した一話と言えるのではないでしょうか。

もうひとつ注目したいのは、悟空の戦い方が「自分の得意技を順番に試している」ように見える点です。まず格闘で仕掛け、しっぽを使ったトリッキーな攻撃を繰り出し、地上から空中にいる相手に向かって飛び蹴りを仕掛け、さらには超高速移動を試みる。
悟空は手持ちの武器を一つずつ天津飯にぶつけているのですが、そのどれもが天津飯にはまったく通用しなかった。

ということは、次の話以降で悟空はさらに別の引き出しを開けなければならない。この一話は、悟空の戦術の行き詰まりを描くことで、「ここからどう逆転するのか?」という期待感を最大限に高めているのです。

鳥山先生の画力が光る戦闘描写

最後に、この話の戦闘描写について触れておきたいと思います。
鳥山先生の戦闘シーンの特徴は、一つのアクションを複数のアングルから立体的に描くことにあります。其之百二十八でも、悟空がしっぽで天津飯の脚に巻きつく動作や、天津飯の空中からのどどん波、壁際での連打シーンなど、カメラアングルが目まぐるしく変化し、読者はまるで360度から戦いを見ているかのような臨場感を味わうことができます。

特に、天津飯が空中に飛び上がり、見下ろす形でどどん波を放つシーンは、「上からの攻撃」という概念をこの一話で印象づけるものでした。地上での格闘が主流だったこれまでの天下一武道会の戦いに、「上下の空間」という新たな軸を持ち込んだのは天津飯であり、この舞空術の存在が後の展開にどれほど大きな意味を持つかは、読み進めていくと分かります。

1987年当時の週刊少年ジャンプ連載作品の中で、ここまで立体的で動きのある戦闘シーンを描ける漫画家は極めて稀だったはずです。この一話を改めて読むと、鳥山先生がバトル漫画の表現技法において、いかに革新的な存在だったかを痛感させられます。

悟空が片手で持ち上げられ、天国と地獄のどちらかに行くことの選択を迫られるという衝撃的なラストで幕を閉じたこの話。
次回其之百二十九「排球拳と戦闘パワー」では、果たして悟空はこの窮地をどう切り抜けるのか。そして天津飯は、ここから悟空に何をしようとしているのか。決勝戦はまだまだ始まったばかりです。

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