其之四十七のサブタイトルは、技の名前そのものである「かめはめ波」です。かめはめ波は其之十四で亀仙人がフライパン山の火を消すために初めて放って以来、すでに何度も登場しています。それなのに、なぜ33話も経ってから改めてタイトルに掲げられたのでしょうか。答えは単純で、この回までかめはめ波は、一度も「人」に向けて撃たれたことがなかったのです。
其之四十七「かめはめ波」のあらすじ
前話のラストで踏み込んだジャッキー・チュンが、そのまま悟空に襲いかかります。悟空はこれを跳び上がってかわしますが、ジャッキーはすかさず後を追い、空中の悟空の背中に一撃を叩き込みました。悟空は武舞台の外へと吹き飛ばされます。

開始早々の決着に、会場は騒然となります。悟空はギラン戦で筋斗雲を呼んで武舞台に戻っており、次に使えば負けと決められていました。もう同じ手は使えません。アナウンサーがジャッキーの勝利を告げようとしたそのとき、悟空が空中に姿を現します。シッポをプロペラのように回転させて宙に浮き、そのまま武舞台へ帰ってきたのです。ブルマやウーロン、プーアルをはじめ、観客は唖然とします。

武舞台に戻った悟空は、ジャッキーがクリリン戦で見せたように、かめはめ波で戻ることも考えたと口にします。これを聞いたジャッキーは、かめはめ波が誰にでも撃てるような技ではないことを見せてやろうとするかのように、構えに入ります。ところが悟空もまったく同じ構えを取り、二人はほぼ同時にかめはめ波を放ちました。

二つのかめはめ波は正面からぶつかって相殺され、爆発の衝撃で二人とも後ろへ弾き飛ばされます。どちらにもダメージはありません。砂煙が晴れたあと、自分のかめはめ波を弟子のかめはめ波で打ち消されたジャッキーは驚愕し、戦い方を変えることを決めます。ここでこの回は幕を閉じます。
かめはめ波が初めて「人」に向けられた日
ドラゴンボール公式サイトは、原作コミックスに登場するかめはめ波を一発ずつ数え上げる企画を公開しています。そのリストで其之四十七より前の用途を並べると、次のようになります。
- 其之十四:亀仙人がフライパン山の火を消す
- 其之十五:悟空が見よう見まねで放ち、ブルマのクルマを壊す
- 其之十九・二十一:悟空がピラフ城の牢屋から脱出する
- 其之四十三:ジャッキーが場外負けを防ぐために逆噴射する
消火、物の破壊、脱出、移動。つまり其之四十七の10ページ目でジャッキーが放った一発は、かめはめ波が対戦相手に向けて撃たれた最初のケースということになります。続く11ページ目の悟空の一発は、「かめはめ波をかめはめ波で迎え撃つ」という、いわゆる撃ち合いの原点です。のちに「かめはめ波がえし」という名前でも知られるようになるこの構図は、ラディッツ戦以降、ベジータのギャラクシー砲やセルのかめはめ波との押し合いなど、シリーズの見せ場として何度も繰り返されていきます。
技が「攻撃技」として初めて機能し、さらに同じ回で「攻撃技同士の衝突」まで描かれました。サブタイトルに技名がそのまま使われたのは、この回がかめはめ波の第二の誕生日だったからだと言ってよいと思います。
「大空中戦」を制した直後に、空中で狩られる
開始直後、悟空はジャッキーの突進を跳んでかわし、空中で背中を打たれて場外に落とされます。ほんの数コマのやりとりですが、ここには重要な前提が含まれています。この時点の悟空たちは、空を飛べないのです。
跳び上がった者は、あとは落ちてくるしかありません。軌道は読まれ、方向転換もできません。追いかけてきた相手に対して、ほとんど無防備になります。其之四十五のサブタイトルが「大空中戦!」だったことを思い出すと、この場面はなかなか皮肉です。空中戦を制したばかりの悟空が、次の試合の開始数秒で、空中の弱点をそのまま突かれたわけです。
この「空中では身動きが取れない」という問題は、この先もずっと悟空の課題であり続けます。第22回大会では、舞空術で空中に浮かぶ天津飯に対して飛び蹴りを仕掛けたところ、どどん波の格好の餌食となり、武舞台に撃ち落とされてしまいました。
今回のジャッキー戦と同様に、空中で軌道制御ができず、相手からの攻撃を回避できないという弱点が露呈してかたちとなっています。

筋斗雲を封じられた悟空の「第三の翼」
悟空が武舞台に戻るための手段は三つありました。筋斗雲、かめはめ波、そしてシッポです。筋斗雲はギラン戦ですでに使ってしまい、次に使えば負けと決められています。かめはめ波は、本人の口ぶりからすると候補には挙がっていました。そして実際に選ばれたのがシッポでした。
このシッポは、ギラン戦で再生したばかりのものです。再生した時点では、ギランを驚かせ、悟空の力を取り戻させるきっかけとして描かれていました。それがこの回では、飛行装置として使われます。そして物語はこの数話後、夜空に満月が昇り、シッポを持つ悟空が大猿に変身するという展開へ進んでいきます。
つまり鳥山先生は、シッポが再生してから大猿化という最大の見せ場を迎えるまでの間に、シッポが役に立つ場面を一度はさんでいるわけです。読者は「シッポがあると便利だ」と笑いながら、そのシッポが持つもう一つの意味を、つまり満月を見たらどうなるかを忘れていきます。其之四十七のプロペラは、ギャグの顔をした伏線のカモフラージュとしても機能していると考えられます。
見て盗む悟空──逆噴射という発想の種
悟空が「かめはめ波で戻ることも考えた」と言ったことには、大きな意味があります。かめはめ波を移動に使うという発想は、悟空が自分で思いついたものではありません。其之四十三で、クリリンに場外へ蹴り出されたジャッキーが、かめはめ波を逆噴射して武舞台に戻ってきました。悟空はそれを観客席から見ていただけです。
そもそも悟空のかめはめ波自体が、其之十五で亀仙人の一発を見ただけで再現したものでした。この回の悟空は、「技の形」だけでなく「技の使い道」まで、見ただけで自分のものにしています。そして先ほど触れたとおり、この逆噴射のアイデアは第22回大会でクリリン戦や天津飯戦の移動手段として実際に使われ、ピッコロ戦では足からの噴射にまで発展していきます。
其之四十七の時点では「考えただけ」に終わった発想が、数年後の悟空の空中戦の基礎になります。師匠が場外負けを防ぐために見せた苦し紛れの一発は、意図せずして、弟子にとって最良の教材になっていたわけです。
亀仙人の誤算──師が知っていたのは「クルマ一台ぶん」のかめはめ波
撃ち合いのあと、ジャッキーが驚いた理由を考えてみましょう。
亀仙人が自分の目で見た悟空のかめはめ波は、フライパン山での一発だけだったはずです。弟子入りの前、悟空に技を教えてくれと頼まれた亀仙人は、会得するには50年の修業が必要だと断りました。その直後に悟空が見よう見まねで放った一発は、ブルマのクルマを壊す程度の威力でした。ピラフ城で悟空が放った二発を、亀仙人は見ていません。
さらに公式サイトのリストを見ると、其之二十一から其之四十七までの間、悟空のかめはめ波は一発も数えられていません。亀仙人のもとでの修業期間中も、武道会の予選や本戦の最中も、悟空はかめはめ波を撃っていないのです。亀仙人の修業は、牛乳配達や畑仕事、重い甲羅を背負った生活など、徹底した基礎づくりでした。かめはめ波の特訓をした描写はありません。
となると、亀仙人の頭の中にあった悟空のかめはめ波は、「クルマ一台を壊せる程度の物真似」のまま更新されていなかったことになります。ところが実際に撃たせてみると、自分の一発と正面から相殺しました。かめはめ波は体内のエネルギーを放出する技なので、使う本人が強くなればそれだけ威力も上がります。亀仙人は技を教えなかったのに、技の器である体のほうを鍛え上げてしまった。そのことに、撃ち合った瞬間に初めて気づいたのではないでしょうか。
これは考察の域を出ませんが、ジャッキーの驚きは「弟子がかめはめ波を撃てたこと」ではなく、「自分の修業がかめはめ波をここまで育てていたこと」に向けられていたのだと思います。
「上には上がいる」を教えに来た師が、先に教えられる
前話で亀仙人は、弟子たちに「世の中には上がいる」と思い知らせるために変装して出場したのだとナムに語りました。その師が決勝で最初に繰り出した大技が、亀仙流の看板であるかめはめ波です。そしてそれは、弟子に完全に打ち消されました。
前話の冒頭でジャッキーが浮かない顔をしていたのは、ナム戦を見て、確実に勝てるとは言い切れないと感じていたからでした。その予感は、決勝戦のわずか十数ページ目で現実になります。力比べでは差がつかない。だからジャッキーは戦い方を変えると決めます。

ここがこの回の最大の転換点です。次回以降、ジャッキーは力ではなく技と駆け引きで勝負するようになり、公式サイトの技紹介でも其之四十八の技として二重残像拳や酔拳が挙げられています。師匠が弟子に勝つために、奥義ではなく「からめ手」を選ばざるを得なくなった。その意味で其之四十七は、亀仙人が悟空に教えるはずだった「上には上がいる」という教訓を、悟空から先に教えられてしまう回でもあります。
おわりに
其之四十七は、かめはめ波が攻撃技として初めて放たれ、初めて撃ち合いが起こった、記念碑的な回です。同時に、空中戦の弱点、シッポの伏線、逆噴射の発想という、この先の悟空の戦い方を形づくる種が、わずか14ページの中にいくつも蒔かれています。
そして何より、師弟の力が拮抗していることが、最もわかりやすい形で示された回でもあります。奥義同士が相殺されたあと、ジャッキーは何を仕掛けるのか。次回、決勝戦はいよいよ「技の見せ合い」へと突入していきます。


コメント